「ただ、あなたが好きなのです」 女性はそう言って僕の指先にそっと触れた。 振り払うことも、ましてや握り返すことも出来ず、僕はただ彼女を見つめる。 やがて彼女の瞳からは涙が溢れ出した。 拭うこともせず、僕を見つめる瞳はそのままに。 美しい人は何をしても美しいものだと彼女を見ながらただただ思った。 まるで水晶のような涙がはらはらと零れる様を見つめながら、それでも心動かされる ことはない。 「浮気をするような女性でもですか?」 「はい。どんなに醜い女でも、僕には彼女が愛しいのです」 たとえ彼女が赦し難い罪を犯そうとも、それでも目の前の美しい女性を愛することは 出来ないのだ。 綺麗も可愛いも美しいも。 すべてを彼女に使ったとしても。 僕の愛しいはあの女だけのものだから。 漸く涙が乾く頃、彼女は僕の手を握りながら囁くように美しい声で言う。 「愛しい以外で構いません。美しいも恋しいも、会いたいと思う心でさえ、私のために 使ってくださいませんか?」 「愛しいも恋しいも。会いたいも永遠も。僕のすべては彼女のものです」 握られていた手をそっと離し、僕は頭を下げた。 「僕を思ってくださる心はとても嬉しいのですが、あなたの気持ちにお応えすることは 出来ません。僕は妻を、愛しているのですから」 彼女は僕の言葉にまた涙を滲ませ、それでも気丈に笑顔で頭を下げた。 「私はあの女性が羨ましい。羨ましくて、とても憎い」 そう残して帰って行く彼女のを、僕はただ見つめ続けた。
「どうして断ったの?」 店の奥から妻が顔を出す。 いつから聞いていたのだろうか。 彼女は泣き出す前の子供のような表情で僕を見上げる。 「あの女性の言う通り、あたしは浮気もするし、美しくもない。あなたを縛る理由は何も ないのに」 僕の着物の裾を握り、迷子のような瞳をする彼女の頭を撫でてやる。 「それでも君を愛してる。どんな女性だろうと愛しい心は偽れないよ」 堪え切れず溢れ出した涙に口づけながら、彼女がとても愛しいと思った。 |