「何だったんだ、あれは」 弥月の部屋へ戻り、富嶋は説明を求める。 「馬鹿に説明するのは面倒だ。勝手に気にしていればいい」 またいつもの扱いに溜め息を吐き、反論しようと口を開く。 「おまえは、」 「何?」 そのとき、何の音もしないまま、急に弥月が携帯電話を取り出し、断りもなく、耳に 当てた。 富嶋は不貞腐れたように弥月を睨み付け、それでも会話を邪魔するわけにはいか ず、ソファに腰を掛け、聞き耳を立てることに決めた。 『おう、弥月。今日は悪かったな』 「別に」 『で、何だったんだよ?』 「さあ? 悪いもんじゃなかった。座敷童子的なものかも」 『座敷……って、妖怪だろ? おまえ、霊だけじゃなく、そんなもんまで視えるのか?』 「知るか。ただ視えるだけだ。話せもしないし、触れもしない」 『そうだな。まあ、奏子は不思議がってたけど、おまえがそう言うなら大丈夫だろう』 そう言って耳元で兄が優しく微笑うのを感じる。 この兄だけは昔から弥月を信じ、普通の弟のように接してくれた。 『あ、それと、おまえ、子供まで視えんのか?』 「……は?」 『奏子、妊娠してるらしいんだよ。おまえに子供作れって言われたって吃驚してたぞ』 「そんなもん、視えるわけないだろう? ただ、視えたのが子供だったからだ」 『ああ、遊び相手な』
どうやら兄からの電話だったらしい。聞き取れる単語から富嶋は考えを巡らせた。 あの、突然立ち止まったあのとき、弥月は座敷童子を視ていたのだろう。 そういえば座敷童子はいたずら好きだと聞いたことがある。 物が失くなったり、そういったいたずらを人知れずしていたのだろうか。 「おい、さっさと帰れ」 急に声を掛けられ、現実に対応できないまま富嶋は弥月に顔を向けた。 「何をぼうっとしているんだ。用事は済んだんだろう? さっさと帰ったらどうなんだ」 やっと起動した頭を回転させ、いつも通りの弥月の毒舌に応戦する。 「用事? 済んでないだろう? 済んだのはおまえの用事だ。俺は、これを、何とかし て欲しくて、来たんだぞ?」 富嶋は自分の後ろを指し、口を尖らせる。 「だからそれは俺の仕事じゃない。視えたからってどうすることも出来ないと言っている だろう?」 その言葉に反論しようと口を開いた富嶋を無視し、弥月は更に言葉を続ける。 「悪いものじゃなさそうだし、そのままにしておけばいいだろう?」 そう言って富嶋の身体をぐいぐいと押す。 「ちょっ、なっ、」 玄関で靴を履かせることもなく、富嶋を扉の外に追い出すと、事も無げに弥月はあり がたい助言を呈してやった。 「男前のおまえの予想通り、それは、女だ。しばらく女遊びは控えたほうがいいだろう な。躰も休めて一石二鳥。よかったじゃないか」 放り出された靴とともに呆然と閉まる扉を眺める富嶋に、弥月は綺麗な微笑を浮か べ、手を振ってやった。 |