12cm

 

 付き合い出して2ヶ月目。

 何度目かになるデートでやっと気づいた事がある。

 

「あれっ!? 矢野くん、もしかして俺より身長高い!?」

「……はぁ?」

 

 何を今更……?

 そんな顔をして矢野くんが俺の方を見た。

 

「矢野くん、何cmなの?」

「さぁ……? 最近測ってないから正確には解らないけど、185cmくらい?」

 

 185cm……。俺は173cm。

 

「で? 黒田は何cmなんだよ?」

「……ナイショ……。」

 

 平均くらいだからと思って今まで身長の事なんてあんまり気にしてなかっ

たけど、矢野くんと10cm以上も差があるなんて。

 ……カッコ悪……。

 

「内緒じゃないだろ。俺は言ったんだから、お前も言えよ?」

 

 矢野くんはいいよね、背高い方なんだから悔しくもないだろうし?

 言いたくない……でも言わないと怒るんだろうな。

 怒ってこのままデート中止とかになったら困る。

 折角明日まで一緒の泊りがけのデートなのに。

 

「……173cm……。」

 

 渋々。思いきりその気持ちを顔に出して身長を伝えると、矢野くんが今更

やっと気を遣うように言った。

 

「あ……でも黒田はまだ成長期だし、今後まだ伸びるよ?」

「俺は今後じゃなくて今伸びたいんだよ。」

「あっ、12cmって、キスするのに丁度いい身長差なんだってな?」

「でもそれって、一般的に背低い方、女だよね。それならやっぱり矢野くん

より俺のほうが背高い方がしっくり来ない? だって矢野くんの方が……。」

 

 その続きはあえて口に出さずに言葉を止めた。

 さすがにこれ以上言ったら矢野くんも怒っちゃうだろうし……。

 それでなくても睨んでくる視線が痛い。

 

「…………。」

「…………。」

 

 矢野くんも言葉が尽きたのか黙り込み、俺もそれに続いて黙り込んだ。

 こんなつまらない事で怒って、折角のデートを台無しにしてる。

 頭では解っていてもどうにもならない。

 どうせ子供ですから。

 

「…黒田さぁ、さっきから何怒ってんだよ? 俺が悪いわけじゃないの

に……。」

 

 さすがの矢野くんもイラついたように言い放ってくる。

 その声に、怒っていた俺の気持ちが一気に冷めた。

 矢野くんが怒った!!

 ヤバい、このままじゃ本当に帰るなんて言い出しそう……。

 

「や、矢野く…………。」

「ちょっと来い!!」

 

 謝ろう。

 そう思って声を出した時には遅かった。

 矢野くんに腕を掴まれて力任せに引っ張られる。

 矢野くんは身長だけじゃなくて力も俺より上で、逆らおうにも逆らえない。

 逆らえても多分逆らわないけど、この状況で。

 

「矢野くん!? どこ連れてくの?」

 

 尋ねても矢野くんは目的地に着くまで話さなかった。

 地下に続く螺旋状の階段を降りていき、到着したのはその階段の終了

地点付近。

 上よりも薄暗くて人気がなくて……何かリンチとかカツ上げとかに使われ

そうなとこだな……。

 まさか矢野くんが。そう思ってる所に声がかかった。

 

「そこ上れよ。」

 

 そう言いながら自分のいる場所より2段上の階段を指差す。

 

「何でだよ?」

 

 文句、という訳じゃないのだけれどぼやきながら、言われた通りに螺旋の

階段を2段上る。

 螺旋と言っても、カーブは緩い。

 

「何?」

 

 上ってから矢野くんに向き合うように振りかえった。

 当の彼は言葉を捜すように「あー」とか「うー」とか言っていたが、

やっと、何故か睨むような目で俺を見て

 

「これで12cm差じゃん?」

 

 言い辛そうにそう言った。

 

「えっ?」

「身長なんてそんな簡単に伸びないんだから、今はこれで我慢しとけよ!」

 

 そんな怒ったみたいな声出さなくても……。

 別に口答えするつもりだったわけでもないのに矢野くんは俺の声に反応

してすぐに言葉を付け足した。

 もしかして俺の機嫌取ってくれてんの?

 そう思うと可愛くなってきて、さっきのイライラした気持ちも吹っ飛んだ。

 いや、それはもうすでに吹っ飛んでたけどさ。

 その代わりに愛しさがこみ上げる。

 

「これって12cm差?」

 

 明らかに12cm以上だと思うけど。

 

「……12cm……くらいなんじゃない?」

 

 適当に言い放つ、その顔が俺のほうを見上げている。

 ……何か新鮮。

 っていうか可愛い。

 これって……いいのかな。

 わざわざこんな所に連れてきて、これっていいんだよね。

 伺うように矢野くんの肩に手を乗せると応えるように俺の腰に手が掛かる。

 それに今度は俺が応えて矢野くんに唇を寄せた。

 

「…………っ」

 

 触れる直前に目をきつく瞑って俺のキスを受けてくれる。

 何度もしてる事なのに慣れない矢野くんが可愛くてつい手に力が入って

しまい、階段が阻んで近寄れないのに引き寄せられて俺に縋り付くような

形でもたれかかってきた。

 それがまた可愛い。

 

「ん………っ」

 

 唇を舐めると甘い声が返っきた。

 可愛い矢野くん。

 今度は舌を入れたら。肌に触れたら矢野くんはどうするんだろう。

 

「黒田……いい加減…っ」

 

 息苦しさに、か、矢野くんがキスを避けて顔を背けてしまった。

 俺の口に手を被せてまたキスをしようとするのを防いでいる。

 矢野くんは俺より力が強い、けどこういう時の矢野くんは何故か無力で

その手すら軽く引くだけで外させられる。

 

「黒田……」

 

 声も弱々しく、困ったように眉を潜めて。キスのせいでなのか息が荒い。

 そんな顔されて我慢できる男いるのかな。

 ただでさえ俺は成長期の、子供、だし?

 誘ってるんじゃない、とさえ思う。

 幸い人気もないし薄暗いし、階段の先にあるのは「関係者以外立ち入り

禁止」の看板で、こんなとこ……

 

「誰も来ないよね。」

「はぁっ!?」

 

  その言葉に含まれる意味を読み取って矢野くんが間の抜けた声を出した

けれど、今じゃそれすら可愛くて。

 

「馬鹿な事考えるなよ、黒田!」

 

 あ、やっぱり誘ってたわけではなかったんだ。

 でも今更駄目って言われて引けるわけがない。

 大体あんな可愛い顔してた矢野くんも悪い、……と思う。

 

「矢野くん、大好き、大好きっ」

 

 これが今の俺の持ってる、一番の口説き文句。

 そう囁いて抱き締めたら耳元で溜息が聞えた。

 矢野くんが抵抗を諦めた合図。

 俺の必死な様子に同情してくれたのか、これ以上反抗しても無駄なんだと

思ったのか……

 でも、それだけじゃないよね。

 矢野くんも俺に触れてもらいたいと思ってくれてるんだよね。

 

「矢野くんは?」

 

 自信満々に、抱き締めた相手に声をかける。

 返ってきた答えは小さくて悔しそうな声。

 

「好きだよ。」

 

 …………いただきますっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デートの目的地、映画館。

 駅を出たのは14時くらいだったのに、到着したのは21時過ぎ。

 7時間近くも何をしていたのかは今になっては思い出せない。

 若いって素晴らしいね。

 

「矢野くん、あと少し待ったら見たいって言ってた映画やるよ?」

 

 うきうきと声をかけるけれど、今度は矢野くんがふてくされてぶっきらぼうに

言った。

 

「もういいから早くホテル行こう。」

 

 疲れたから。

 うんざりした視線からその台詞が伝わってくる。

 

「うん、解った。疲れちゃったしね。」

 

 笑顔の俺にムッツリと睨み返してくる矢野くん。

 「誰のせいだ」っていう目。

 矢野くんだって嫌じゃなかったくせに……。

 でも言わない。怒られて帰るなんて言われたらたまらないし。

 ホテルに行っても疲れは取れないと思うよ。

 だって夜はまだ長いし……ね。

 

おしまい。

 

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