P r a y e r
壊れた時計は、まだ動かない。
ある高校の休み時間。 賑やかな教室の片隅で、本を読む少年と。 彼に話しかけている少女がいた。 「ねぇ、淳也」 「……」 「今度の日曜日ヒマ? どっか遊びに行こうよ」 「……」 「どこがいいかな〜…。 そろそろ暑くなってきたし、海とかどう? お弁当とか持ってさ」 「……」 「反論なし? じゃ、決まりね。 日曜の……何時集合にしよう? あ、ちょっとこの時計見せて……」 「触るな」 少女が机上の腕時計に触れようとした瞬間。 ずっと無視をし続けていた淳也と呼ばれた少年が。 初めて本から顔をあげ、口を開いた。 その手には、少女が触れようとした腕時計。 一瞬の出来事に言葉を失った少女も。 大事そうに時計を掴んでいる淳也の姿に、フッと口を歪めた。 「……冗談だよ。 淳也ってさ、いっつもその時計持ち歩いてるよね」 「……」 「授業中でも眺めてる時あるよね。 すっごい真剣な顔してさ」 「……」 「そのボロボロの時計が大事なんだ? そんな、動かない時計が――」 「大事だよ」 淳也は時計に目を向けたまま、少女の言葉を遮る。 愛しそうな、悲しそうな目。
決して自分に向けられることのない、視線。
「……ッ、もういいよ!」 淳也の態度に、少女は怒りながら席を立つ。 入れ替わりに淳也の前に立つ少年が一人。 苦笑しながら、未だ時計を眺める淳也に話しかける。 「お前、相変わらずあの人以外には興味ないな〜。 相良が可哀想じゃん」 「……別に、どうでもいいし」 「お前な〜……」 淳也の言葉にますますその苦笑いを深くする。 そんな態度にも動じず、変わらず時計を見続ける淳也の姿に。 少年の表情も真顔になる。 「淳也」 「……」 「あんまり執着しすぎるなよ。 見るなとは言わないけどさ……」 「……」 動かない淳也に再び苦笑し、少年もまた彼の前を去る。 淳也は……まだ時計を見続けている。
時計はまだ…動かない。
放課後。 帰宅する生徒の群の中をすり抜けるように淳也は歩いていた。 家にではない、通い慣れた道を。 辿り着いた先は…白い建物。 広い施設内を迷うことなく進み、ある部屋の前で立ち止まる。 ノックをすることなく扉を開けると、そこには一台のベッド。 その隣までずかずかと入り込み。 横たわる人の顔を視界に収め。
「和也……」
そっと息を吐く。 ……ずいぶん、緊張していたらしい。 備え付けの椅子に腰掛け、カバンの中から時計を取り出す。 傷だらけで「ボロボロ」の時計。 それは、少女の言ったとおり、針が止まっている。 決して動くことのない時計。 でも。 それでも。 いつか、この時計が動いたら。 その時は―――。
「いつか、動くよね……? ねぇ、和也……」
少年は祈る。 その時が訪れることを。
「兄さん…………」
壊れた時計はまだ……動かない。 |