P r a y e r 3
あの日から、オレの時間も止まってしまった……
兄さんのことが好きだった。 いつからかなんて、もう覚えてないけど。 5歳も年上なのに純粋で綺麗な兄さん。 綺麗過ぎて、手が出せなかった。 ごまかすみたいに色々な女と付き合って。 でも諦め切れなくて、わざと名前で呼ぶようにした。 「和也」と呼ぶたびに、兄さんは奇妙な表情をした。 オレはその意味を汲み取ることが出来なかった。 今となっては知る術もないのだけれど。
あの日。 兄さんが家を出ると言った日。 オレは離れていってしまうことを恐れて反対し。 ……言ってしまった。 言うつもりのなかった「好き」という気持を。 兄さんが拒絶することなんて分かってたはずなのに。 実際に叩きつけられた言葉に打ちのめされ。 オレの中で、何かが切れてしまった。 ずっと我慢してきた。 兄さんの身体に触れること。 そのときのオレにはそんなこと何も関係なくて。 後のことなんて何も考えないで。 腕の中に閉じこめるように。 その細い身体を抱きしめていた。 ほんの一瞬の出来事。 兄さんは信じられないくらい強い力でオレを突き飛ばして。 …………そして。
兄さんはすぐに病院に運び込まれ、幸い一命は取り留めた。 それなのに、半年経った今も目を覚まさない。 あの時拾った兄さんの時計が動かないように。 オレの時間は、あの日から止まってしまった。 毎日毎日、感情を動かされることもない。 ただ思い出すのはあの日のことばかり。 オレが兄さんを追い詰めてしまった。 もしあの時、あんなことを言わなければ。 兄さんを抱き締めたりしなければ。 こんなことにはならなかったかもしれない。 全てはオレの醜い感情のせい。 オレが、兄さんのことを好きになってしまったせい。 だから。 昏々と眠り続ける兄さんの横で、オレは願う。 壊れた時計が動き出すことを。 オレは祈る。 兄さんの目が覚める日がくることを。 その時に、オレは側にいられなくてもいいから。 兄さんのことを好きだという気持はもう封印して―――
「…………ん、や。…………き」
…………え? 半年間。 何の物音もしなかったベッドから聞こえた音は。
「…………じゅん、や?」
兄さんの目が覚めた時には、オレの気持は……
「じゅん…ごめ、ん」
好きだという気持は……
「ほんとは……ずっと、すき……」
…………!!
「兄さ…和也! 今、何て…?」 「すき…すきだよ。じゅん、すき……」
言いながら、兄さんの目からは涙が流れ始める。 慌てて拭いながら、ふと気付くと。 オレの目からも、涙が零れていた。 ―――オレの時間は、あの日から止まってしまった。 ―――毎日毎日、感情を動かされることもない。
壊れた時計が、いま、微かに動き始めた――― |