シット

 

「学校の用事があるから」と珍しく一馬のいない休日。

 一人で部屋にこもっているのもむなしくて買い物に出た。

 ただ。

 いつものように隣ではしゃぐ奴がいないってだけなのに、全然気が晴れ

なくて。

 もう帰るかと踵を返した時に耳に入ってきたひどく聞き慣れた声。

 ふと目を向けて、そのまま凝視してしまった。

 視線を向けた先にいたのは一組の男女。

 何を話しているのか、すごく楽しそうな笑い声が道路を隔てたこっちにまで

聞こえてくる。

 女の方は…知らない。

 だけど。

 彼女を笑顔にさせているアイツは…一馬だ。

 二人とも制服姿だから、たぶん「学校の用事」の流れなんだろう。

 それに一馬が浮気なんて考えられないし。

 頭では理解してるのに。

「……ッ」

 胸の奥がキリリと痛んで。

 一馬に声もかけずに逃げるように家に帰った。

 

 

  この胸の痛みには覚えがある。

  こんな気持ちはは久しぶりすぎて。

  まだ自分の中に残っていたことが少しショックだった。

 

 

 その日の夜。

 帰宅した後も何もする気が起きなくてソファで横になっているところに一馬

がやってきた。

 寝転んだまま起き上がろうとしない俺に苦笑しながら。

「どうかしたの?」

 なんて何も知らない顔で聞いてくる。

 どうかしたもなにも。

 目の前の笑顔と昼間の笑顔が重なって、収まりかけたはずの胸の痛みが

またぶり返してくる。

「…別に」

 痛みを無視するように出たのはそんな一言だけ。

 明らかに態度がおかしい俺なのに。

「そう」

 まったく気にする様子のない一馬。

 …なんか、それはそれで面白くない。

 ちょっとムッとした俺の変化を感じ取ったのか、しゃがんで顔をのぞき

こんでくる。

「実」

 宥めるような優しい声音。

 そんなのにほだされてやるわけない。

「まーこーと」

 まっすぐな視線に耐えかねて目を逸らす。

 視界から消えても笑みを浮かべてるのが声だけで分かる。

「実さ、」

「……」

「今日はどこ行ってたの?」

 確信をもっている声。

 思わず視線を戻すと、やっぱり笑顔の一馬。

「どこ、て」

「だっていたでしょ? 駅前」

「!」

 駅前──俺が一馬を見つけた場所。

 あの時たしか一馬は女の子と話すのに夢中でこっちを見向きもしなかった

はず。

「気付いてないと思った?」

「……」

「大好きな実がそばにいるのに気付かないわけないじゃん」

「じゃあ……」

 何で声をかけなかった?なんてことは聞けない。

 それは俺の微かなプライド。

 黙りこんだ俺に構わず一馬は話を進める。

「なんか実、ボーッとしてた。俺のことも全然気付いてくれなかったし。俺

ばっかり見てるのかなってちょっと悔しくなっちゃった」

「俺ばっかりって…」

「だって、俺が声を上げなきゃ気付かなかったでしょ?」

「!! お前、あれワザと!?」

「ちょっとは妬いてくれた?」

 跳ね起きた俺の前にはさっきまでの笑顔を消した、真剣な一馬の顔。

 怯んだ隙に唇を掠め取られる。

「おい、一馬――」

「好きだよ」

「……」

「実のこと、ほんとに好き。で、実にも俺のこと好きでいてほしい」

「そんなこと」

「うん。実が俺のこと好きだっていうのは知ってる。でも、たまに不安になっ

ちゃうんだ」

「だから…ワザと二人きりで出かけた?」

「それは偶然。委員会の仕事で仕方なく」

「仕方なくにしては楽しそうだったけど」

 ボソッと漏れてしまった本音に、一馬の顔に深い笑みが戻る。

 しまったと思った時は遅く、ぎゅうぎゅうと抱きつかれていた。

「大丈夫! 実以外に発情なんかしないから!」

「発情って…お前ドウブツか!?」

「あーもう、実可愛い! 好き好き大好き!」

「耳元で叫ぶな、ばか!」

 “好き”だと言い続ける一馬に、あの痛みも徐々に薄れていって。

 深刻ぶってた自分がバカらしくなって、気付いたら大声で笑っていた。

 

 

  あんな感情が残ってたのは確かにショックだけど。

  久々の胸の痛みは俺がアイツを好きだという証だから。

  いつの間にかものすごく深みにはまっていたこの気持ちの行方が。

  幸せなものであればいい。

 

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