真相

 

秋山と畑中が昼休みにある教室を覗くと、高崎が珍しく一人でぽつんと

座っていた。

二人は顔を見合わせると、そーっと教室の中に入り、高崎の背後に立った。

「た、か、さ、き」

「うわあ!気色悪いことすんなや!」

耳元で囁くように呼ばれた高崎は、思わず立ち上がって二人を振り返った。

鳥肌のたった腕を、しきりにさすっている。

「いやあ、えらい物思いに耽ってるみたいやったから」

「そうそう」

「アホか、それならもっと普通に呼べや」

「ご愛嬌やん。千羽は?」

いつもセットでいるはずの千羽が、今日は見当たらない。

わざとらしく教室内を見回す二人に、高崎がつまらなそうに言った。

「職員室に呼び出しや」

「へえ、それはそれで珍しい」

「…あいつアホやねん」

毎回定期テストで上位3位に入る男をアホ呼ばわりするのはこいつくらいや、

と二人は思った。

「まあええわ。俺らには都合がええ」

「全く全く」

「何がや?」

「昨日聞いたんやろ?」

「え」

「あの千羽の好きな奴!」

ざわっと教室内が騒がしくなった後、すぐに静まり返った。

皆知らん振りしながら意識がこちらに向いている。

千羽という男に、それだけ興味関心がある証拠だ。

「お前やったらあいつも言うやろ。なあ、誰なん?」

秋山と畑中は新聞部所属、しかも部長副部長の地位にある。

千羽御咲はとにかくもてるが、彼女を作ったことがないというので有名

だった。

それが片想いだからとは、相手が誰か気になってもしょうがない。

二人とその他大勢は、本人がいないのをいいことに彼の親友である高崎

の返事を期待する。

しかしぐっと唇を噛み締めて下を向いていた高崎が、顔を上げて言ったの

は、「知らん」の一言だった。

「嘘やあ」

拍子抜けした秋山が、半笑いで高崎の肩を叩く。

「冗談やろ?お前ら親友ちゃうん」

しかし睨まれただけで、返事は返ってこなかった。

二人は顔を見合わせる。

さて、どうしたものか…。

そこにタイミングよく千羽が帰ってきたのは、よかったのか悪かったのか。

「あれ、秋山に畑中。お前ら何しにきたん」

妙に静かな教室に、首を傾げつつ入ってくる。

秋山は期待が外れたものの、気を取り直して千羽に近づいた。

「なあ千羽。お前好きな奴高崎にも教えてへんの?」

「こら、秋山!」

慌てた高崎が秋山を止めようとしたが、それを畑中が後ろから羽交い絞めに

した。

ナイスコンビプレーである。

千羽はそれを見て微かに眉をひそめた。

誰もそれには気づかなかったようだが。

「なあ、どうなん」

「え?いや、教えたで」

「あ、アホ!」

高崎が叫んだが、すでに遅し。

畑中が背後で呟いた。

「何や、もったいぶって。やっぱり知ってたんやんか」

「知らん知らん知ら―――ん!!!」

真っ赤になって高崎が暴れる。

畑中がそれを抑えている間に、秋山は千羽に頼んだ。

「ほな、俺らにも教えてえや」

「何で?」

「そらまあ、新聞部は読者のニーズに応えなあかんし」

ぬけぬけと答える秋山に、千羽が笑った。

「お前らおもろいなあ。そういうのは嫌いとちゃうで」

「ほんなら…」

勢い込む秋山に、千羽は極上の笑みを浮かべて首を振った。

「せやけどあかん。俺の好きな奴は一人だけが知っとったらそれでええ

ねん」

「あーもう離せ!」

それと高崎が畑中から解放されたのは同時だった。

「もうお前ら自分らの教室帰れ!昼飯食いっぱぐれたやろ!」

かんかんの高崎が二人の背中をぐいぐい押して、教室から叩き出した。

「ええか、二度と聞きにくるなよ!」

パシンッと勢いよく戸が閉められてしまい、二人は仕方なく廊下を歩き

出した。

「あーあ、収穫なしか」

「うまいこと行ったと思ってんけどなあ」

二人はしばらく黙って歩いていたが、ふと足を止めた。

「なあ」

「なあ」

お互いの顔に同じ考えが浮かんでいることを見取った二人だったが…。

「まさかな」

「まさかなあ」

と、二人は現実逃避した。

よって真相は闇の中となったのだが、高崎と成績がほぼ同じのこの二人

が、進学先でこの結末を知ったかどうかはまた別の話。

 

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