それでも君が好きだから

 

 人生、山あり谷ありってのは本当だ。

 というのを男に組み敷かれながら妙に冷静に考えてみたりする。

 

 

 

 こんなことになったのには、ちゃんとした理由がある。

 俺の好きな奴ってのは香川 秋ってれっきとした男で、それだけでも望み

ねえだろって感じなのに、そいつはメチャクチャ女ったらしで。

“来るのも拒まず去るもの追わず”の典型で、彼女(奴がそう思ってるか

どうかは怪しいけど)が常にたくさんいて。

 そんな奴が何を血迷って俺みたいな男を選ぶと思う?

 諦めるしかねーかな、と思っていたら、なんと告られた。

 

 

 

 

 

「津田くん! コレ!!」

 目の前に差し出された手紙。

 いつものこと。

「香川くんに渡してくれない?」

 あくまで “?” はついてるだけ。

 有無を言わせぬ態度。

 まあ、コレもいつものこと。

「了解」

 俺は手紙を受け取って彼女を見る。

「でも渡すだけだから。どうなっても俺に文句言わないこと」

 破って捨てられようが、ヤリ逃げされようが、俺に文句を言われても困る。

「うん。わかってる! 文句なんて言わないよ!!」

 そしてコレもいつものこと。

 そう言っても、絶対あとで文句を言う。

 だから女ってヤダ。

 

 

 

 席に着いても、俺のところに秋宛の手紙が入ってる。

 直接渡すわけじゃないなら、秋の席に入れりゃいいじゃん。

 でも捨てることなんて出来るわけもなく (女と猫と坊主は祟るから) いつも

通り帰りに秋んトコまで届けてやる。

 俺ってなんてイイ奴!! ってなんか情けねえな。

 どうして好きな男に女を与えてやらにゃいかんのだ。

 

 

 

「しーずくー!」

 帰りになると秋は隣のクラスから飛んでくる。

 家が近いから帰るときはいつも一緒。

 女たらしなら女たらしらしく女と帰れよ、と思うが、なぜか帰りは俺と一緒。

 そんなことで嬉しくなっちゃう俺って何よ? 乙女入ってない?

 まあ俺の持ってる手紙が目当てなのかもしんないけど。

「帰るぞ〜」

「はいはい」

 俺は立ち上がって秋のあとに続いて教室を出る。

「雫、こないだの買った?」

「あ? CD? 買ったよ。ウチ寄ってく?」

「うん」

 それだけで秋は上機嫌。

 スキップしちゃいそうな勢いで俺の前を歩く。

 どうよ? この可愛らしさ。

 すぐさま拉致って監禁したくなる。

「雫〜!!」

 俺の危険思考を遮るように秋が振り向く。

「何?」

「早く! 早く!」

 秋が手招きをしながら小走りに進む。

 マジ可愛い。

 

 

 

「先行ってて。何か飲み物持ってくから」

「わかった〜」

 そう言って階段を上る秋を見送り、俺は冷蔵庫へ向かった。

 いつも通り、秋にはコーラを自分には麦茶を用意し、冷蔵庫にあった

シュークリームを勝手に頂くことにした。

「秋〜、シュークリーム食う?」

「食う」

 即答した秋にコーラとシュークリーム(+麦茶)の乗った盆を渡す。

「サンキュー」

 嬉しそうにそれを受け取って、秋はさっそくシュークリームを頬張っている。

 俺もそれを頂戴し、麦茶とシュークリームは合わないことを実感した。

「あっ、秋。コレ。手紙」

 俺は思い出し、今日の分の手紙を渡す。

「ん。サンキュー」

 どうでもいいって感じで秋はそれを受け取り、一通一通目を通す。

 俺はそれを見たくなくて、CDを探すふりをして目をそらした。

「雫」

「何?」

 俺は振り返り、秋を見る。

「何コレ?」

 秋が一通の手紙を差し出す。

「何っていつも通り、女の子からの手紙でしょ?」

「何コレ?」

 あからさまにイライラしている。

 何かと思って見てみると、宛名は―――…

「あ? 俺?」

 俺に渡される手紙は全部、秋宛だと思ってた。

「ごめんごめん」

 そう言って俺は手を差し出した。

 

 ビリビリ…ビリビリ…

 

「ちょっ! 何すんだよ!?」

 いきなり手紙を破り出した秋の手を掴む。

「あーあ…」

 手紙は無残にも破られ、掻き集めれば何とかなるかもしれないが。

「どうすんだよ、コレ? ひっでーな」

 好きなのは秋だけだからつきあうことは出来ないけど、せめてきちんと

“ありがとう” と “ごめんね” を伝えたかったのに。

「誰からだか、わかんねえじゃん」

「わかんなくてもいいだろ!!」

「はっ?」

 我侭な秋の意味不明な怒りはいつものこと。

 でもコレはひどすぎる。

 せっかく勇気を出して告白してくれた女の子に対してあまりにも失礼だ。

「秋?」

 そっぽを向いている秋に声をかける。

「秋? どうしてこんなことするの?」

 それでも秋は俺のほうを見ようともせず、拗ねている。

「秋? しゅーう? シュウくーん?」

 

 どん!

 

「うぉ!」

 急に振り返ったかと思えば、秋が俺にのしかかってきた。

「わかったらそいつとつきあうのかよ!?」

「はぁ? 秋!? 泣いてんのか!?」

 秋が泣きながら俺に縋りついてくる。

 どういうことかさっぱりわかんねえ。

「俺がいるだろ!?」

 いや、そうなんだがね。

 確かに俺には秋がいるし、他の人とつきあったりはしねえけど……

「何言ってんだ!?」

 何で知ってんだよ? 俺が秋に惚れてるって。

「違うのかよ!? 俺じゃ嫌なのか?」

 いやいや、ヤダとかそうゆうことではなく。

 

「俺がこんなに好きなのに!!」

 

 …………!!

 なんですと!?

 秋が俺のことを好きだって!?

 マジ!? これで夢オチとかだったら俺、立ち直れねえぞ。

「って、オイ!」

「雫」

 秋は “雫” と “好きだ” と “俺がいるだろ?” をランダムに囁きながら

俺を押し倒す。

「待て! 秋! 落ち着け!!」

 何で俺が押し倒されにゃいかんのだ!?

 これじゃ逆だろ!?

 俺的にはこんな予定じゃなかったぞ!?

「オイ! 秋! 待て!」

 俺の言葉なんか聞こえてない秋。

 何だこの盛りのついた犬は。

「秋!」

 俺は秋を引き剥がそうと押さえつけられている腕を必死に動かす。

 誰コイツ? 俺の可愛い秋じゃねえ。

 何でコイツこんなに力あんだよ!?

 俺のが背高いだろ!?

「あっ!」

 秋が俺の胸を弄くる。

 何だ〜!! この甘い声!!

 何で胸感じるんだよ!! 俺、男だろ!?

「感じるんだ?」

 秋がいやらしい表情で囁く。

「ちょ……! マジでやめろって!!」

 思いっきり抵抗する。

 いくら俺が秋を好きだからってヤラれてたまるかよ!

「雫、俺のことキライ? だから嫌なの?」

 急に声のトーンを落とし、またも泣きそうな表情をする。

「いや、嫌いじゃないよ」

 でも、と言いかけた口は秋の唇に塞がれた。

「ふぅ……んっ……!」

 待て待て待て〜!! 暴走しすぎだぞ!!

 ―――ってか、さすがと言うかなんと言うか…ウマイ。

 俺なんか必死なのに。

 だってこんなキスしたことねえもん! 息だってうまく出来ない。

「はあ、はあ、はあ…」

 やっと離された口で必死に息をする俺。

「じゃあ、好きなんでしょ?」

 両想いだ! とはしゃぐ秋。

 そうなんだけどね。

 でもこのままヤラれるワケにはいかない。

 俺はない頭を必死に働かせる。

「女は!?」

 またもいやらしく動き始めた秋の手を押さえ、問い詰める。

「おまえ、たくさん彼女いんじゃん!!」

 だから俺は悩んでたのに!!

「彼女? 俺、彼女なんていないじゃん」

 秋はきょとんとして俺を見る。

「はあ? じゃあおまえの周りにいる女は何なんだよ!?」

「……友達?」

 少し考える仕種をしてから秋がそう言う。

「はあ…」

 俺の口から思わず溜め息が洩れたのはしょうがないことだと思う。

 だって、あんだけ女侍らせといて “友達” だぞ?

「好きなのは雫だけだもん」

 もん、言われても……

「雫も俺のこと好きなんでしょ? じゃあ、いいじゃん」

 秋はそう言って俺の服を剥ぎ取り始める。

「いいじゃん、じゃねえよ!! 何で勝手に決めてんだよ!?」

「?」

「その、何つーか、役割だよ」

 抱きたい、とストレートには言えず、そう言うと、秋にはそれで伝わった

らしく。

「そんなの俺が言ったからじゃん」

 一蹴されてしまった。

 って、おい!

 早い者順かい!?

「待てって!」

 俺は必死に抵抗するが、俺よりも10cmは背の低い秋にまったく歯が

立たない。

「おとなしくしてなよ」

 秋が鬱陶しそうにそう言って、俺の手をネクタイで縛る。

「ちょっ!! なんだよ、コレ!?」

 ふざけるな〜!!

 しかも、キツク縛りすぎなんだよ!!

「痛ってーよ!!」

「じゃあ、静かにする?」

 秋が可愛い顔で首を傾げる。

「俺に、おまえに抱かれろ、って言うのかよ?」

「うん」

 あっさり肯定。

 そりゃ秋がもっと俺より男臭かったら、惚れた時点で抱かれたいとか思う

んだろうけど。

 こんな可愛らしい顔して、俺より背低くて……

「わかった」

「えっ?」

「静かにするから、外せ」

 しょうがねえよな……

 完敗だ。先に惚れたほうが負けだよ。

 自分がこんなに嫌なのに、好きな相手に強制できるかよ。

「当然だよね。雫のが可愛いもん」

 俺が仕方なく抵抗を諦め、抱かれる決意をしていると秋がネクタイを解き

ながらそう言った。

「はあ?」

 俺のどこが可愛いんだよ?

「俺のが背高いじゃん」

「8.5cmでしょ?」

 細かいな。10cm違えばかなり違うぞ。

「でも俺のが力、強いじゃん」

 そうなんだよ。俺の抵抗なんて抵抗と思ってなかったもんな。

「雫、細いもん」

 秋はそう言って、俺の腕と自分の腕を比べる。

「そんな変わんないじゃん」

「俺はしっかり筋肉がついてます〜」

 秋が言いながらチカラコブを見せる。

「それに家系的に俺だって背、伸びるし」

 そう言われれば、確かに秋の親父さんも兄さんもでかいな。

「ねえ、雫……」

 急に秋がセクシャルな声で俺を呼んだ。

「秋……」

 そうだ。話が脱線しすぎてた。

 俺、秋に抱かれるんじゃん。

「好きだよ……雫……」

 本当なのか……?

「ずっと好きだった……」

 秋を信じてないわけじゃない。

「雫……」

 今までだって彼女 (秋は否定したけど友達とはエッチしないし) いたん

だし……

「愛してる……」

 でも、

「好きだ」

 この言葉とこの瞳は、今は俺だけのもの。

「俺も好きだよ」

 

 

 

 

 

「もう手紙なんて受け取っちゃダメだよ」

 晴れて恋人同士になった朝、秋が俺の髪をいとおしげに梳かしながら

そう言った。

「それはおまえだろ? 俺なんて、昨日が初めてじゃん」

「俺はおまえみたいに物分かりよくねえもん」

 物分かり?

「俺んとこに来た雫宛の手紙なんて全部捨ててるよ」

 なんでっ!?

「だいたいさ〜…なんで俺が “雫からじゃなきゃ手紙受け取らない” なんて

言ったと思ってんの?」

 はっ!?

「雫にヤキモチ焼いて欲しかったからじゃん」

 わかれよな〜。と無理なことを言いつつ、秋は俺の唇にちょんと軽いキス

をした。

「好きだよ」

 言いたいことはたくさんあったはずなのに、そんな表情でそんなこと言う

なんて卑怯だ。

「雫は?」

「……好きだよ」

 渋々言った本心に、秋が幸せそうな表情をする。

 それだけで俺は幸せな気分になれて、好きでよかった。なんて恥ずかしい

ことを考えてしまう。

「好きだよ、雫」

 そう言ってまた秋はキスをくれる。

 離れていく唇を追い、俺からちゅっと音を立ててキスをした。

「大好きだよ」

 だから今度は俺に抱かせてね?

 

捧げ物