君の勝ち

 

 まだまだ10倍返しには程遠い。

 木嶋総理はこっそりと溜め息をついた。

 蕪木青春。

 あんなに可愛い姉さんを振った罪、まだまだたっぷりと味わってもらい

ますよ。

 しかし、どうしたものか。

 せっかく計算通りいったと思った“花咲乙女新生徒会長”も結局あの人

に丸め込まれてしまった。

 そして、もうすぐ卒業式。

 とうとうあの人も卒業してしまう。

 その前に、

 そう、その前にあの人をぎゃふんと言わせてやる。

 

 

 

 

 

 今、生徒会室には青春さんひとり。

 ベッドも運び込み、部室より居心地がよくなったらしく、彼は最近生徒会室

に入り浸りだ。

 幸いにも今日、花咲は漫画の取材の為 (そんな大袈裟なものなのかと

思うが) 外出中だ。

 しかしこのチャンスを生かすようなアイディアはまだない。

 どうしたものか……

 総理は生徒会室を見ながら考え込む。

 いっそのこと、生徒会室にカメラでも仕掛けて弱みを握ろうか?

 いや、それだとまた前のように逆手に取られてしまうかも。

 じゃあ……

「なーに企んでんだ、総理」

 突然、生徒会室の扉が開き、中から青春が現れた。

「せっ、青春さん……」

「また悪い顔になってるぜ」

 人目の在る学校だ、表情に出るようなヘマはしていないつもりだったが。

「まあ、中に入れよ」

 そう言って青春は生徒会室の扉を大きく開いた。

「……」

 どうしたものか?

 まだ彼をぎゃふんと言わせるアイディアはない。

 でも、

「お言葉に甘えて」

 気を緩めて弱みを見せるかも。

 これもチャンスだと思えばいい。

 ―――これが、青春の思う壺だったとは、総理は気づいていない。

 

 

 

「まあ、座れよ」

 そう言って青春はベッドを指す。

 来客用 (?) のソファがあるのに、何故? と思ったが、総理は青春の

言葉に従った。

「それで、」

 総理の隣に腰をかけながら青春が口を開いた。

「どういうつもりで、ココに来たんだ?」

「何!? 何するんですかっ!?」

 隣に座ったかと思ったら、いきなり押し倒され、総理は半ばパニックになり

ながら訊く。

「そんなのこの状況見ればわかるだろ?」

 青春はニヤリと笑い、唇を重ね貪るようなキスをした。

「んっ……ふぅ……んぁ……」

 なんとかこの状況を打破しようと総理は懸命に頭を働かすが、いかんせん

こんなキスははじめてで、うまく考えがまとまらない。

 ちゅっと音を立てて唇が離れたとき、総理は無意識にそれを追ってしまう

ほどに、青春のキスに翻弄されていた。

「なっ!! なんでっ!!」

 やっと思考回路が元に戻ったらしい総理が、口元を押さえ青春を睨み

つける。

 しかし青春はそれには答えず、意味深な笑みを口元に浮かべるだけ

だった。

「これじゃあ逆でしょ!? なんで僕が嫌がらせされなきゃいけないん

です!?」

「嫌がらせ?」

 青春は心外だという表情をし、訊き返した。

「姉さんを振ったあなたに、僕が、嫌がらせを、するんでしょう?」

 真剣にそう言う総理に向かって、青春は微笑う。

「これが嫌がらせだと思ったのか?」

「嫌がらせ以外のなんだって言うんです?」

「なんで俺がおまえの姉さんを振ったと思うんだ? どうして今、おまえと

こうしてると思うんだ?」

「えっ? それって……」

 青春の言葉に総理が驚愕の表情を見せる。

「んっ……」

 訊きたいことも訊けぬまま、総理はまたも青春のキスに蕩かされた。

「総理……」

 耳元に甘い声で囁かれ、そのまま耳を甘噛みされる。

「はっ……」

 舌が確かめるように耳を舐め、そのまま首筋に移動するときつく吸い

付いた。

 総理が、こんなところにキスマークをつけられたら制服では隠れない。

などと考えられたのはほんの一瞬だった。

 青春は彼らしくない早急さで、総理の制服を脱がすと、身体中にキスを

降らせた。

 総理はいつもの憎まれ口など口には出せず、ただ襲ってくる甘い快感に

堪えることに必死だった。

「総理……」

「ひゃっ!」

 胸の突起を口に含まれたまま囁かれ、総理は思わず声を上げた。

「感じるのか?」

 エロオヤジのようなことを言いながら、エロオヤジのようにいやらしい微笑

を浮かべ、青春は執拗に胸を攻める。

「やめ……」

 総理が弱弱しい抵抗の言葉を口にすると、青春はぱっと口を離した。

「やめてほしいのか?」

 その言葉に総理はただただ首を縦に振る。

「そうか」

 その言葉に安堵したのも束の間。

 青春は総理の下肢に手を伸ばし、反応しはじめているそれをそろりと撫で

上げた。

「ここをこんなにしているのに?」

 それだけで総理は達しそうになり、下唇をきつく噛んだ。

「我慢しなくてもいいんだぞ」

 と、またも青春はエロオヤジのように総理の嫌がることを言う。

「がっ……我慢なんて……!」

 その口答えをキスで塞ぎ、青春は総理の制服をひとつ残らず取り払った。

「気持ちいいんだろ?」

 青春はそう耳元に吹き込みながら、総理の身体を弄り、快感を与え続け

る。

 総理は何も答えられず、ただ甘い吐息を洩らしながら青春に身を委ねる

こととなってしまった。

 

 

 

 

 

 総理が目を覚ますころ、窓の外はすっかり暗闇が支配していた。

 一瞬、何故こんなところで寝ていたのか、と考えたが、下肢の痛みがそれ

を思い出させる。

 初めての行為に息も絶え絶えな総理に精力的に腰を使う青春。

 総理があっけなく意識を手放してしまったことは、致し方ないことだろう。

 恨みがましい目で傍らに眠る青春を見る。

 起きているときからは想像できないほど穏やかで優しい寝顔。

 きっとこの寝顔を知っているのは自分くらいだろう、と思う。

 伊達に彼のストーカー (もちろん姉さんの為だが) をしていたわけでは

ない。

 彼が人前で弱みを見せたり、寝顔を曝すようなことはない。

「弱みを握れた……」

 と思っていいのだろうか?

 男である自分を抱き (これは総理の弱みにもなったが)、他人に見せること

のない寝顔を惜しみなく曝している。

 それでも勝ったと思えないのはどうしてだろう?

「何を悩んでるんだ」

 いつのまにか目を覚ましていた青春が総理を抱き寄せながら言う。

「なにするんですか!?」

 腕から逃れようとするが、一向に腕が外れる気配はない。

 漫画描きの彼のどこにこんな力があるというのだ。

 疲れていた総理はすぐ抵抗を諦めた。

「どうして、勝てないのだろう……」

 呟いた総理に青春は微笑う。

「俺に勝てるまで、俺の傍にいればいい」

 何だか違うような気はするが、そうするしかないような気もする。

 総理は襲ってきた睡魔に抗わず、思考を停止し、瞳を閉じた。

 

 眠りに落ちる寸前、彼の声を聞いた気がした。

「ずっと傍にいればいい。……俺の弱みは……」

 

捧げ物