君がいるだけで
「競争しようぜ。勝ったほうが負けたほうの言うこと聞く〜」 能天気なこと言いやがって。 俺が勝ったらどうすんだ? 彼女と別れろって言ったら? あんなに大好きで、俺との約束すっぽかすくらい大好きな彼女と別れろ って言ったら? 人の気持ちも知らないで。 このバーカ。 「よーい、どん!」 俺はそう言ってボーっとつっ立ったままの啓介を放置し、走り出した。
「何でも言うこと聞くんだったよな?」 ……怖。 「ズルしたのに負けるってどうゆうことかな? 晴斗くん?」 すみませんね。どうせ走るの苦手ですよ。 何にもないところでコケるくらい歩くのも下手ですよー。 「さっさと言えよ! 何でも言うこと聞いてやらー!」 やけになってそう叫ぶ俺に啓介はにっこりと笑顔を作る。 ……怖。だから、その笑顔が怖いんだよ。 「水」 「……は?」 「走ったら喉渇いた。水買って来い!」 そう追い立てられ、俺は自販機までとぼとぼと歩いた。 勝たなくてよかった。 言えるはずなんてないんだから。 ずっと、このまま、今のままで。 「ほらよ!」 そう言って買ったばっかの冷たいペットボトルを投げてやると笑顔でそれを 受け取る。 「サンキュ」 これだけで。 この笑顔だけで我慢しなければならないと自分に言い聞かせ、零れそうに なる言葉を、涙を、冷たい水と共に飲み込んだ。 |