幸せな日

 

「これ、やる」

 そう言って相原が鞄から徐にオレンジを取り出した。

「……えっと、何?」

 今日は何の日だったか、と必死に考える藤沢だ。

 俺の誕生日は8月。相原の誕生日は1月。

 バレンタインデーもホワイトデーも終わった。

 相原は知らなかったが。

 かといってクリスマスや正月でもない。

「オレンジ」

 他に何に見えるんだ。もっともなことを言いながらなかなか受け取ろうと

しない藤沢にオレンジを押し付ける。

「……なんで?」

「オレンジデーだから」

 なんだ、そのイベントは。

 そう思いながらも藤沢はオレンジを贈る日なのだろうと見当をつけた。

「ありがとう」

 残念ながら相原の為のオレンジは用意してないのでさっそくふたりで

食べようか、と狭いキッチンにある包丁を持って、未だコタツのままの机へ

向かう。

 果物ナイフなんて素敵なもの、独り暮らしの男の家にあるはずがない。

 切りにくいが仕方ない、と思い、皮を剥くわけじゃないから包丁でも

構わない、と思い直した。

「まな板なくていいのか?」

 オレンジはくし型じゃないのか、と向かいに座った相原が言う。

「…………」

 やっとそのことに気づいた藤沢だが、今さら立ち上がり取ってくる気は

もちろんない。

 しかし、お世辞にも綺麗とは言いがたいこの机の上で切るのも憚られる。

「とってきてやろうか?」

 藤沢の性格などお見通しの相原がそう提案する。

「いい」

 しかし藤沢はそれを断り、オレンジに切れ目を入れてみかんのように

剥いていく。

「あーん」

 綺麗に一房剥くと、相原の口に持っていく。

 律儀にも口を開ける相原に可愛いなあと藤沢は微笑し、自分もオレンジを

食べる。

 いったいオレンジデーとは何なのか。

 よくわからないが幸せなので良しとしよう、と藤沢は殊更甘く感じるオレン

ジを食べながら思った。

 

如月