四月馬鹿

 

「な……で……、んなこと……言うんだよぅ……」

 目の前で厳つい男が泣いている。

 逞しくて頼りがいがある? こんな男が?

「悪いとこ、あるなら……言ってくれよ……」

 ポロポロどころかダラダラと涙を流す男に俺は溜め息をついた。

「別れる……な、って……言うな、よ……」

 俺はもう一度これ見よがしに大きな溜め息をつき、男を見た。

「今日、何の日か知ってるか?」

 瞬間、男が洟を啜りながら考える仕種をする。

 俺の誕生日ではないし? おまえの誕生日でもない。

 もちろんクリスマスでもバレンタインでもない。

 つきあった記念日でもないぞ?

「はじめて……手繋いだ日……?」

 おい。そんなの憶えてんのか、おまえ。

「違う」

 いや、憶えてないだけだけど。

「はじめて、キスした日?」

「違う」

「一緒に暮らし始めた日?」

「違う。そんなの憶えてないだろ? 俺もおまえも」

 じゃあ何の日?

 そんな感じで小首を傾げたって可愛くないんだぞ。

 まあ俺には結構有効だけどね。

 こんな厳つい男が可愛いんだから俺の目も節穴だ。

「今日、何日?」

「……3月……いや、4月1日」

「今日は何の日?」

「……?」

 そこまで言ってわかんねーか、この馬鹿。

「エープリル?」

「……フール? ……マジ?」

 すっかり涙は止まったのか、汚い顔で俺を凝視する男。

「ウソ?」

「嘘」

「よかったぁ……」

 俺を思う存分抱きしめて、今度はキスの雨を降らす。

「じゃあ俺のこと、好き?」

「キライ」

 途端、男は悲しい表情をして俺を見つめる。

 だから気づけって。今日はエイプリルフールだって言ってんだろ。

 俺は俺なりに結構おまえのこと好きなんだぞ?

 図体だけの情けないおまえでも。

「俺はす……」

「言うなよ。明日まで言うな」

 言葉を遮られた男はやっと気づいたらしく満面の笑み。

「うん、言わない。代わりにキスしてもいい?」

「ダメ」

 了承を得て、彼が深いキスを仕掛ける。

「キライだよ……」

 

卯月