君がいる幸せ
綺麗な女性と歩くアイツを見た。 アイツに姉妹がいないことは知っている。 留守電に意味深な女性からのメッセージが入った。 職場に女性がいないことも知っている。 でもそれだけで浮気だ、と疑うほど俺は初心じゃない。
「別れよう」 エイプリルフールの嘘なんかじゃなく、本心からそう言う。 「……冗談?」 二度目だからか真剣に受け止めない男に、首を振って意思を伝える。 前みたいにいきなり泣かれても別れられなくなってしまうのだが。 「なんで?」 嫌いになったのか? 諒次はそう言い、泣きそうな表情で俺を見つめる。 ……うっ。その表情は反則だぞ。 「おまえ、オンナとつきあえよ……」 諒次には結婚して、子供作って。って世間一般の幸せが似合ってると 思う。 こんなワガママな俺なんかとつきあってなくてさ。 「そうやって……俺のこと、捨てるのか……?」 俺を睨みつける眼はもう涙を見せている。 「りょう……」 いきなり押し倒され、服を剥ぎ取られる。 こんなに性急に求められたのははじめてで、俺はただ困惑するばかりだ。 「オンナなんて……そんなこと言って、俺を捨てるんだろう!?」 怒ってるなら乱暴にすればいい。 そう思うのに諒次はいつも以上に丁寧な愛撫で俺を乱れさせる。 早く欲しい。そう思うけど縋りつくことなんて出来ない。 抱きしめてキスを強請って、好きだと囁く。 そんなことをしたら俺はこの手を離せなくなってしまうから。 「俺のこと、好きじゃなかったのかよ?」 やっと入ってきた諒次に気が狂いそうなほど感じた。 突き上げるたびに好きだと囁かれ、快感からではない涙が伝う。 少しぼやける視界はそれでも諒次の精悍な顔を映す。 眉根を寄せて快感を追う姿が好き。 激しい動きの中でふとくれる優しいキスが好き。 俺を抱きしめる太い腕が、厚い胸板が好き。 情けない泣き顔も、俺が好きなんだってわかるから好き。 「好きなんだよ……」 ふたりで涙を流しながらキスをした。 もうダメだ。 離れられない。放すことなんて出来ない。 俺には諒次に人並みの幸せってのを与えてやれないのに。 きつくシーツを握り締めていた手を諒次の首へ回す。 「好き」 おまえが思っている以上に俺はおまえが。 きっとおまえが俺を想う以上の気持ちで。 「好き」 それしかいえない人形みたいに、俺は諒次の耳元で好きだと言い続けた。
別れ話は当然のように流れてしまったけれど、結局のところ何も解決して いない。 あのオンナは誰なんだ、とか俺に訊けるはずもなく。 別にあのオンナに対して浮気を疑ってるわけじゃない。 諒次ははたから見ればいい男で、綺麗な女性と歩いてたアイツを見た とき、俺なんかよりもお似合いだとか思って。 別にオンナがダメってわけでもないんだから、俺なんか捨てて結婚した ほうがいいんじゃないのかとか思って。 それでも諒次がことあるごとに好きだと言い、おまえがいればそれでいい、 なんて言ってくれるから。 諒次が幸せならいいじゃんとか思ってみたり。 結局は俺が諒次がいなきゃ幸せになれないだけなんだけど。 |