川を越えて

 

 七夕。

 織姫と彦星が年に一度だけ逢える日。

 この時期になると幼い頃から七夕に雨が降らないか心配していた。

 自業自得とはいえ、好きな人に年に一度しか逢えないなんて。

 毎日彼に会える自分が、嬉しいような申し訳ないような気分になる。

 みんな、幸せになれればいいのに。

 

 

 

 向こう岸に彼を見つけた。

「おーい!」

 声をかけてみるが、恥ずかしいだけで彼には届かない。

 気がついて鞄からケータイを取り出した。

『こっち見て』

 しばらくしてケータイが鳴ったのか、彼は立ち止まり、鞄をあさる。

 いつも大音量のあの音が聞こえないのだ。

 さっきの自分の声が向こう岸まで聞こえるわけはない。

 俺はひとり赤面して、手の中のケータイを握り締めた。

 彼はケータイを開き、キョロキョロと辺りを見回す。

 ちょっと意地悪なメールだったかな?

『こっちってどこかと思った。お前の家の方見たし』

 手の中で震えたケータイを開くと、彼からの返信。

 顔を上げればこっちに手を振る彼。

『織姫と彦星みたいだね』

 見つけてくれたことが嬉しくて、照れ隠しにそんなメールを送ってみる。

 ケータイを開いた彼は、そのあととんでもない行動に出た。

 服のまま、すべてを身に着けて川に飛び込む。

 ザブザブと綺麗なクロールをし、こちらに泳いでくる。

「あ〜、ケータイ死んだ」

 川から上がった彼は、そう言って自分のケータイを見た。

「せっかく一緒に買ったのにな」

「何やってんの!?」

 笑いかけてくれた彼に笑顔を返したかったけれど、今はそれどころ

じゃない。

「何、急に飛び込んでんのさ?」

 いくら夏だからって。

 服だって着たままなのに。

「ん〜? だっておまえが変なこと言うから」

 彼はそう言って俺を抱き寄せた。

「俺ならどんなことをしても逢いに行くよ」

 たとえ川を挟んでたって、川を越えて逢いに行く。

「だって好きだからね」

 

文月