サンタクロースの贈り物

 

「クリスマスバイトォ〜?」

「そっ。23、24、25だけ、ケーキ屋で」

 雄太がそう言いながら俺に向かって手を合わせる。

「オジサンに頼まれたんだけど、俺、彼女とクリスマス旅行でさ。でもケーキ

屋だし、人手足んないらしくてさ」

「ケーキ屋ねぇ……」

「大丈夫。ただケーキ売るだけだし! しかも時給1200円!」

 渋面を作る俺に畳み掛けるように雄太が捲くし立てる。

「可愛い女の子のバイトは決まったらしいぞ? あと一人、人手が欲しいんだ

と」

 どうせ彼女もいねーんだし、そういった雄太に、大きなお世話だ、と悪態を

つきながら、暇なのは確かなので了承することに決めた。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 そう言って雄太に渡された住所の店にやってきた。

 面接もなく、いきなりバイトってんだからびっくりだ。

 もし俺が使えねーバイトだったらどうするつもりなんだろ、とか他人事ながら

に心配してみたり。

「おはようございます。……笹原くん?」

 年配の女性がそう言って首を傾げる。

 この人が雄太のオバサンかな?

「はい、笹原直樹です。よろしくお願いします」

「よろしく。さっそくだけど、着替えてもらえる?」

 差し出された衣装に、俺は時給1200円の意味を悟った。

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 そう言いながら予約のケーキを手渡す。

 クリスマスケーキは基本予約制らしく、精算も終わっているので予約票と

交換にケーキを手渡すだけだ。

 店の前でのその作業は寒い以外は思った以上に楽なバイトだったけれ

ども。

「サンタさーん」

 ハートマークを飛び散らせ、小さな女の子に抱きつかれた。

 そう。

 今、俺はサンタだ。

 いや、別に?

 クリスマスだし? ケーキ屋だし?

 サンタも必要だろうよ。

 でもそれを自分がやることになろうとは想像もしていなかったわけで。

「ちぃちゃん、サンタさんからケーキ貰って。ママが持とうか?」

「だいじょうぶ!」

 そう言って差し出された小さな手に慎重にケーキの箱を持たせてやる。

「サンタさん、またね!」

 危なっかしくケーキを持ちながら笑顔の女の子に自然とこちらも笑顔に

なった。

「可愛いなぁ」

 隣でバイトの子が女の子に手を振りながら呟く。

 先ほどから無駄に忙しなく動く彼女に寒いんだろうなぁ、と同情する。

 いや、俺も充分に寒いが、サンタ(スカートバージョン)の彼女のほうが寒い

だろう。

 冷えは女の子の大敵なのに。

 多分、この子が雄太が言ってた“可愛い女の子のバイト”だろう。

 厨房(ケーキ屋でもそう言うのかな?)にいるのが、男3人。

 雄太のオジサンとイトコ。それから職人さん……多分。

 それから店内にいるのが女2人。

 雄太のオバサンとバイトの女の子……多分。

 イトコって男だって言ってたし……多分。

 わざわざ3日しか勤めないとこの人員をこっちから訊いたりしないから推定

だけど。

 それにしてもケーキ屋って23日でも結構忙しいんだなぁ。

 やってくるお客さんを見ながら他人事のようにそう思う。

 いや、平均的な忙しさを知らないから、勝手な判断だけど。

 でもクリスマスケーキってやっぱイヴのイメージあるし。

 別にただのイベントで騒ぎたいだけだから何日でもいいのかも。

 どうでもいいことを考えながら、来た人にケーキを手渡す。

 それにしてもサンタっぽいこと強要されなくてよかった。

 これで「メリークリスマス!」って叫びながらはしゃげって言われたら辞めて

たよね。

 

 街中ってわけでもないから街灯も少ないし、日が落ちてくると店内での仕

事になった。

 やっぱり日が落ちてからじゃ寒さが全然違うからありがたい。

 明日のほうが忙しくなるみたいだけど、今日はそうでもないから、夜道も危

ないし、女の子は早めに上がらせてもらえることになった。

 今はどんな危険があるかわかんないし、女の子なら尚更だろう。

 女の子って大変だなぁ。

 

 

 

 クリスマスイヴ。

 昨日と同じようにサンタスーツで予約票と交換でケーキを手渡す。

 それでも昨日の比じゃないくらい忙しかった。

 やっぱりどこの家庭も24日なんだろう。

 

 最終日。

 やっぱり忙しさは昨日ほどじゃない。

 23日よりは忙しいかな?

 それでもそれほど忙しくはないから、23日同様、女の子は早めに上がらせ

てもらえるみたい。

 俺はどうせ暇だし、時給制だし。

 

 オバサンが店の看板をcloseにする。

 やっとケーキ屋のクリスマスが終わった。

「笹原くん、お疲れ様。上がって?」

「そうですか? お先に失礼します。お疲れ様でした」

 言われるままに俺は奥に行き、3日間お世話になったサンタスーツを脱ぐ。

 着替えが終わり、店に顔を出すと、雄太のイトコ(名前も聞いてないや)

しか残っていなかった。

 イトコさんは結構忙しなく働いている。

「よかったら、手伝いましょうか?」

 自分に何が出来るとは思わないが、まだかかりそうな雰囲気にせっかく

クリスマスなのに、とかおせっかいなことを思ったりしてしまった。

「えっ?」

 驚いたように顔を上げ、それから少し考える素振りをしたイトコさんはにっこ

り微笑うと頷いた。

「じゃあ、お願いしようかな?」

 言われるままに店の掃除を手伝う。

 特に会話もなく店内の掃除を終え、イトコさんを振り返ると彼は自分用なの

か小さなケーキをデコレートしていた。

「他に何かやることありますか?」

 視線を上げ、彼はぐるりと店内を見回し、首を振る。

「大丈夫。ありがとね。ちょっと、待っててくれる?」

 そう言って仕上げに取り掛かる彼の手元を見るともなしに見つめた。

 綺麗な指先が繊細な細工を作り出す。

 こうゆうのって修行の賜物なのかな? やっぱ才能?

 どうでもいいことをつらつらと考えながら、彼の作業が終わるのを待つ。

「はい」

 箱詰めされた綺麗なケーキを差し出され、俺はきょとんと間抜けな顔を晒し

てしまった。

「手伝ってくれたお礼。彼女とでも食べて? せっかくのクリスマスなのに

バイトだったしね」

「ありがとうございます。甘いもの、好きなんです」

 彼女はいませんけど、そう思いながら彼の手からケーキを受け取る。

「じゃあ、お疲れ様でした」

「それさ、よかったら感想聞かせてよ」

 そう言った指先につられ、手にしていた箱を見つめる。

 働く前も働いてからもこの店のケーキを食べていない。

「もちろん。おいしそうだと思ってたんです」

 嬉しくて、思わず零れた笑みのまま顔を上げれば、

 

 ……どアップ。

 

 これ、何?

「じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様でした」

 呟くような声で応え、店を出る。

 寒さに身を縮こませ、歩きながら先ほどの出来事を反芻させた。

 雄太には似てない綺麗な顔が近づいて、

 ……唇が、触れた

 あれ? キス?

 綺麗な人だけど、男だったよな?

 あれ?

 何故だか寒さを感じなくなった頬を擦り、俺は家路を急いだ。

 

師走