嘘でもいいから
「おまえの顔、タイプなんだよね」 そう笑った高藤となんとなくつきあうようになって。 長く同じ恋人と続いたことなんてない高藤。 女も男も関係なくて。 そんな軽くて酷い男。 前の恋人と同じように、ヒドイ男。 それでもどんどん好きになって。 俺って昔っからタイプ変わんないんだなー、とか変なところで感心して みたり。
ねえ、今度は失敗しないから。 だからずっとそばにいて。
酷い男だと思っていた彼は、それでも冷たい男ではなかった。 二人のときは優しいし、俺のために料理を作ってくれることだってある。 前と同じにならないように。 そう思って素っ気無くする俺に、時折淋しそうにするだけで。 それはもしかしたらホントに俺のことが好きなのかも、とか思うほど。 それでも「高藤とつきあってる」と言う人物は後を絶たなかった。 たくさんの恋人がいる彼が、何故俺を必要とするのかはわからない。 それでも俺は好きだから。 ワガママ言わない。束縛しない。 浮気したって構わない。 最後に俺のところに来てくれればそれだけでいい。 嘘でもいいから「好きだよ」と。「愛している」と囁いて。
「好きだよ」 そう抱きしめられて頬にキス。 「いっぱい食べて」 小さな机に所狭しと並べられた料理。 酢豚に天ぷら、ポテトグラタン。 味噌汁にマカロニサラダ。 和洋折衷ごちゃ混ぜで。 それでも何気なく話しただけの俺の好きなものたちばかり。 「イタダキマス」 小皿に用意されている抹茶塩に天ぷらをつけて食べる。 サクサク。プロ顔負け。 出された料理、すべてがおいしくて。 こういうマメな男だからモテるのかな、と考えた。 今までこの料理を食べたのは何人? アイシテル。その唇が囁いたのは? 「熱いから気をつけて」 まだグツグツ言ってるグラタンを差し出して高藤が言う。 隅っこをそうっと箸で掬ってフーフーする。 「スプーンやフォークひとつ洗うくらい、大したことないのに」 そう言う彼にそれでも箸で食べられるんだから、と食事のときに使うのは 箸だけ。 さすがにデザートなんかはスプーンを使うけど。 そんな俺を楽しそうに見ながら彼もまた箸でグラタンを掬った。 こうゆう彼を知っているのは何人? それとも他の人とはスプーンやフォークを使うの? 元来の嫉妬深い俺が顔を覗かせる。 それでもそんなことには気づかないフリ。 大丈夫。 俺がイイコなら捨てられないから。
「うぜーんだよ」 その言葉に飛び起きた。 顔を顰めて本当に鬱陶しそうにそう言った男。 最初は甘える俺を「可愛い」と言ったのに。 ベタベタ甘えても抱きしめてくれたのに。 起こしてしまったか、と隣で眠る高藤を見遣る。 彼は飛び起きた俺に気づきもしないで夢の中。 その規則的に上下する胸にそっと顔を寄せた。 「好き」 起きてるときには言えないけれど。 「好き」 彼が起きる頃にはこの涙も乾いているはず。 「まだ寝れるだろ?」 そう言って太い腕に抱きしめられた。 起きていたのか、と焦ったけれどどうやら寝ぼけているだけらしい。 小さな寝息がすぐに聞こえてきた。 「好き」 もう一度囁いて、俺は高藤にしがみついて眠った。 これくらいなら許される? 今日だけだから。今だけだから。
「話がある」 高藤にそう言われたとき、来たか、と思った。 ベタベタしたり、束縛したりしなかった。 浮気だって許した。 それでもきっと捨てられる。 彼の周りにはたくさん綺麗な人がいて。 俺なんて何のとりえもないただの男で。 つきあってくれただけでも奇跡だから。 恋人同士の4ヶ月。 きっと俺がいちばん長かったでしょう? それだけで満足するから。
「一緒に暮らそう」 真剣な表情で言われ、一瞬どういう意味か理解できなかった。 「俺の部屋もおまえの部屋も狭いから引っ越して。そのための金も貯めたし」 どうして彼がそんなことを言うのかわからない。 どうして一緒に暮らしたいの? 何のメリットがあるの? 一緒に暮らしたら浮気だってしにくくなるだろうし。 ……それともそんなこと気にしない? 外で会えば済むことだから? 「イヤ」 帰ってこない高藤を待つのは。 知らない香りを纏った高藤が帰ってくるのは。 「嫌だ」 そんなの我慢できない。 今でも限界なんだから。 イヤイヤと子供のように首を振る俺を高藤はそうっと抱きしめた。 「好きだから。愛しているから一緒に暮らしてください」 そんなはずない。 信じない。 信じたくない。 もうこれ以上傷つきたくなんてないから。 振り続ける首を高藤に止められ、いつもみたいに優しく頬にキスをされる。 「もう辛い想いはさせたくない。涙なんか流させたくない。ずっとずっとそばに いたいから。だから一緒に暮らしてください」 ぎゅっときつく抱きしめられて。 それでも嫉妬深くて疑い深い俺は彼を信じることなど出来ない。 「だっ……俺だけじゃ……」 だって俺だけじゃないんでしょう? 声を出すとそれは見事に涙声で。 それでも意味は通じたのか、高藤はチッと舌打ちをした。 バレてないとでも思っていたのだろうか。 それとも俺は見逃してくれると? 浮気なら許すよ。 一緒に住まなくていいなら。 俺の前で他の人と仲良くしなければ。 俺に会いに来てくれるとき、他人の香りがしなければ。 今まで通り、恋人でいたいから。 だから一緒に暮らすなんて言わないで。 「ごめん。そうじゃないんだ」 高藤は本格的に涙の止まらなくなった俺をさらに強く抱きしめた。 「ごめん」 これは何のごめん? 「ごめん」 やっぱり別れたいの? 俺が泣くから。ワガママ言うから。 思い通りにならないから。 「愛してる。祐司だけを愛しています。浮気なんかしたことない。するつもりも ない。不安になんてさせないくらい、ずっとずっとそばにいるから。 だから一緒に暮らしてください」 懇願するように言われ、俺は涙腺がバカになったみたいにわーわー 泣いた。 こんな言葉に騙されて。 それでもきっと俺は彼を許してしまうんだ。 どんなことを言われても。 どんなことをされたって。 きっとアイシテルの言葉だけですべてを許して。 馬鹿みたいに彼だけ愛して。 今度は失敗しない、なんて思っても。 どうせ俺は変わることなんて出来ない。 ずっとずっと馬鹿なままで。 学習能力のない馬鹿のままで。 捨てられるまで彼のことだけをきっとずっと好きなんだ。 |