運命の人
「おまえの顔、タイプなんだよね」 それは本心。 それでもホントは震える指先を抑えるのに必死だった。
ちょっと他人より見目良く生まれたためか、人から好かれるのは常だった。 それでも言い寄ってくるたくさんの人間とつきあったことなどない。 だって彼らは運命の人ではないから。 けんもほろろに断る俺に嫌がらせのような噂が立つのはすぐだった。 「高藤とつきあってる」と女が言い。 「高藤の本命は俺だ」と男が言った。 すぐに飽きたのか「あんなツマラナイ男」と言われ、男も女もお構いなしの ロクデナシに仕立て上げられた。 それでも弁解はしなかったし、する必要も感じなかった。
噂の真相を知っているのはごく一部。 友人たちには常日頃から揶揄われている俺。 「運命の人なんて」とか「つきあってみないとわからない」とか。 だから友人たちはそんな噂を笑った。 でも、運命の人はいるんだと思う。 出逢った瞬間感じるはず。 灼けるような熱い恋。永遠の恋。
横を通り過ぎた男に息が止まるかと思った。 なぜかなんてわからない。 彼だと思った。 運命の人だと。
どうしていいかなんてわからない。 だってこれが初恋だから。 運命の人との運命の出逢いが何度もあるわけじゃないから“初恋”って のはおかしいかもしれないけど。
このときはじめて噂の弁解をすればよかったと思った。 男も女もお構いなしの軽い男。 そんな男と彼がつきあってくれるはずがない。 でも。 それでも。 もし彼も運命を感じてくれていたら?
「おまえの顔、タイプなんだよね」 なんだこの軽い言葉。 はじめてかけた言葉がこれなんて。 「そう。ありがとう」 彼は無表情にそう言って俺に背を向ける。 まるで噂通りの軽薄な男。 やっぱりこんな男とつきあってくれるはずがない。 告白の仕方なんて知らない。 彼しか知らない。
「好きです。つきあってください、かなぁ……」 「そんな告白、中学生だってしねーよ」 俺が真剣に悩んでいるのに友人たちは大爆笑。 「ビール一杯で酔ってんじゃねーぞ」 酔ってなんかない! 俺は真剣なんだ!! どうしたら恋人になれるかわからない。 彼は運命を感じなかったの? 「運命の人なのに……」 「ウンメイって何?」 「ウンメイ追加ー!!」 酔ってるのはおまえらだ。 「運命の人ってどーやって見分けるワケ?」 「見分けるわけじゃない」 だって感じるものだから。 理屈なんかじゃない。 見れば、触れれば、感じられる。 心が、躰が、俺のすべてが。 この人を愛しているんだと訴える。 「運命なんだよぅー」
「つきあって」「いいよ」ってのがあって、はじめてコイビトになるんだと思って たけど、どーやらそんなことを考えてるのは俺だけだったらしい。 「おまえらつきあってんの?」 言われてはじめて彼と恋人同士っぽいことをしてるって気がついた。 実のところは半ば強引に俺が誘っているだけだけど。 「満更でもなさそうじゃねえ?」 そんな言葉で舞い上がるお手軽な俺。 もしかしたら彼も運命を感じてくれたのかも。 これってつきあってるのかな? 俺は好きだと言うけれど。 彼は何も言ってくれない。 こういうのもつきあってるっていうのかな? 恋人って呼んでいいのかな? 恋人ならキスしてもいいかな? 嫌がられない?
「好きだよ」 いつも通り言って、そっと頬にキスをする。 これくらいなら大丈夫? 宮嶋は吃驚したみたいに目を見開いて、真っ赤になって俯いて。 綺麗な長いまつげが震えてる。 ねえ、これって脈アリなのかな? もっといっぱいキスしてみても。 恋人みたいにしてみても。 彼は嫌がったりしないかな?
ちょっとずつちょっとずつ恋人っぽいことをしていって。 家に行くのも、家に呼ぶのも。 恋人のキスも、それ以上も。 彼は嫌がる素振りを見せなくて。 もしかしてホントに恋人だと思っていいのかな? なんだか嬉しくなっちゃって。 今日は朝まで離さないぞ、って彼を抱きしめて眠った。 向けられた背に、そっち向きのが寝やすいなら今度からは俺が左になろう かなぁと能天気なことを考えながら。
ふいに軽くなった腕。 上げられた布団。 吃驚して目を開けると震えてる彼。 今にも泣きそうで。 見ちゃいけない気がして目を閉じた。 「好き」 彼が囁く。 空耳かと思ったけれど。 「好き」 もしかして今まで言ってくれなかったのは、恥ずかしかっただけなのかも。 でもじゃあ何故泣くの? 「まだ寝れるだろ?」 目を閉じたままそう言って彼をきつく抱きしめた。 泣かないで。こうしてるから。 ずっとずっとそばにいるから。 「好き」 呟くようにもう一度。 俺の胸に縋りついてくる彼の体温。 愛してる。愛してる。愛してる。 どうか彼が泣かないでいいように。 淋しくなんかさせたくない。 辛い思いはさせたくない。 ずっとずっとそばにいて抱きしめていてあげるから。 どうか俺に笑顔を見せて。
「話がある」 そう言って今日、彼の部屋へ行く了承を得る。 別にいつも通りでいいんだけど。 なんていうか、心構えみたいなものが必要で。 今まで貯めてきたバイト代で敷金、礼金くらいは賄えるだろう。 いつも彼のそばにいて、抱きしめていてあげたいから。 夜飛び起きて泣いたりしないで。 ずっとずっとそばにいるから。
「一緒に暮らそう」 向かい合って真剣な表情で伝える。 「俺の部屋もおまえの部屋も狭いから引っ越して。そのための金も貯めたし」 だから心配しないで一緒に暮らそう。 「イヤ」 苦しそうな表情で彼が言う。 「嫌だ」 子供みたいにイヤイヤと首を振り、泣きそうな表情をする彼に。 どうしていいかわからなくなる。 どうして? だって恋人でしょう? 俺のこと、好きなんでしょう? 首を振り続ける彼を包むようにそっと抱きしめる。 「好きだから。愛しているから一緒に暮らしてください」 心の底からの本心。 本当に愛しているから。 だからずっとそばにいたい。 祐司のまだ動き続けるもげそうな首を止め、涙で濡れる頬に優しくキスを する。 「もう辛い想いはさせたくない。涙なんか流させたくない。ずっとずっとそばに いたいから。だから一緒に暮らしてください」 言葉と共にぎゅっときつく抱きしめて。 ねえ、伝わらないの? 想いは同じはずなのに。 「だっ……俺だけじゃ……」 嗚咽に混じったその声に、思わず舌打ちをした。 彼があんなデタラメな噂を信じていたなんて。 ちゃんと噂を否定しなかった自分に腹が立った。 しかし彼は俺が別の意味で怒っていると思ったのか、舌打ちにビクッと躰を 竦める。 「ごめん。そうじゃないんだ」 彼をきつくきつく抱きしめる。 怒っているわけじゃない。 愛しているんだ。 「ごめん」 不安にさせていたのは俺だったんだね。 「ごめん」 誰よりもずっとそばにいる。 だから噂なんて信じないで。 「愛してる。祐司だけを愛しています。浮気なんかしたことない。するつもりも ない。不安になんてさせないくらい、ずっとずっとそばにいるから。 だから一緒に暮らしてください」 お願い。どうか頷いて。 だって祐司も俺のことが好きでしょう? 彼は俺にしがみついて声を上げて泣き出した。 どうしていいかわからなくて、俺は彼を抱きしめながら背中を擦る。 どうして泣くの? 俺と暮らすのはそんなに嫌? でも彼はぎゅっと俺に抱きついて、小さな声で「好き」を繰り返す。 ねえ、嬉しいの? 俺のことが好きだから。 思わず涙が出ちゃうくらい。 そう考えたら俺まで嬉しくなっちゃって。 ニコニコしながらまだまだ決壊中の彼の瞳にくちづける。 好きだよ。大好きだよ。愛してる。 だって君は運命の人。 |