好きだと言って、抱きしめて。

 

 俺ばっか好きな気がする……

 アイツはいつものほほんとしてて、俺の話に笑顔で頷くばかり。

 いつも俺だけ喋ってて……

 俺だってアイツの話を聞きたい。

 アイツのことをもっと知りたいのに……

 

 

 

「好きだ」と言ったことはない。

「好きだ」と言われたことはない。

 いつのまにか躰を繋ぐようになった。

 だから両想いなんだと思ってた。

 勝手にそう、思ってた……

 

 アイツを想うと泣けてくる。

 好きで好きでホントに好きでしょうがないのに、いつもよく喋る口がなぜか

それを言えないでいる。

 アイツに抱かれると嬉しい。

 でもそれと同時に不安になる。

 想われてないかもしれない……。

 ただ都合よく抱ける相手なだけかもしれない。

 言われないことが不安。

 でも抱かれないでいるともっと不安になる。

 快感を貪るだけのあの行為にどんな意味があるのかわからないけど、あの

ひとときだけはアイツの瞳に俺が映る。

 それが嬉しくて、俺は今日もアイツに抱かれる―――…

 

 

 

「ふぅ……んっ……! 麻日ぃ!!」

 俺はいつも、キスだけで腰が砕ける。

 いや、それはコイツがいたいけな少年にこんな濃厚なキスをするのがいけ

ないのだ。

 まだ簡単な自慰行為しか知らなかった俺の躯は、麻日によっていやらしい

躯になってしまった。

「何? 江太、もう我慢できないの?」

 まだキスしかしてないのに? とオヤジ臭いことを言いながら麻日は俺の

浅ましい下半身に手を伸ばす。

 キスだけで反応し始めたそこを麻日は嬉しそうに撫でまわす。

「やっ……! だめっ! んっ!!」

 麻日は必死に堪えている俺を嬉しそうに見ながら、慣れた仕種で俺を

ベッドへ横たわらせ、あっという間に衣服を剥ぎ取った。

「江太は可愛いねえ」

 なんてエロオヤジみたいなことを行って、麻日は俺の躯に触れる。

 

「好き」「嬉しい」「好き」「恥ずかしい」「好き」「不安」「好き」「麻日は?」

 

 色々な感情が入り混じって俺をおかしくする。

 ねえ、麻日は?

 

 

 

 

 

「江太、どこ行くか決まってるの?」

 麻日はそう言ってぐったりしている俺に近づき、汗で額に張りついている

前髪をかきあげた。

「行くって?」

 気持ちよくって、俺は目を閉じながら麻日の冷たい手を感じていた。

「高校」

「決まってるよ。何言ってんの? もうすぐ受験なのに」

 いったい何の話をしているのか。

 志望校なんて二学期のうちに決まってる。

「そうか……そうだよね……」

 麻日はそう呟くと、考え込むように押し黙った。

「どうかした?」

「江太、受験はいつ?」

「再来週」

「ふーん…」

 もうすぐだねえ、なんて間抜けなことを呟きながら、麻日は俺の服を掻き

集めてる。

「江太、平気?」

「なに?」

「もう帰ったほうがいいんじゃない?」

 それってどうゆうこと?

 ここにいると、俺、ジャマ?

「うん。そうする」

 俺は笑顔を作って麻日の差し出した服を身に着けた。

「送ろうか?」

「いいよ。近くじゃん」

 じゃあね、俺はそう言って逃げるように麻日の部屋を出た。

 涙出そう……

 抱くときはあんなに優しいのに。

 それは抱くため?

 麻日は大人だからそんなウソ簡単につけるの?

 

 

 

 

 

 麻日から連絡が来ない。

 あの日から、一週間経った。

 前は2日に1回は連絡があったのに。

 怖い。

 捨てられる?

 俺なんて必要じゃない?

 

 

 

 俺は受話器を持ち上げ、暗記している番号を押した。

 呼び出し音が3回ほど鳴り、いつもと変わらぬ麻日の声が聞こえた。

「麻日?」

「江太? どうしたの?」

 どうしたの?

 他に言うことないの?

 俺に会いたくないの?

「今から会えない?」

 受話器を持つ手が震えてる。

「……しばらく、会わないほうがいいよ」

「ど……して……?」

 震える声を必死に抑える。

「どうしてって……」

 そんなこともわからないの? って感じの麻日の声。

 俺はもう用無しなんだろうか……?

 思わず涙が零れて、俺は何も言わず受話器を置いた。

「江太? ご飯だって」

 後ろを通り過ぎながら姉ちゃんがそう言った。

 俺は急いで服の袖で涙を拭うと、姉ちゃんの後に続いて台所に入る。

「江太、勉強はかどってる?」

 席に着くと姉ちゃんが茶化すようにそう言う。

「推薦だから、面接だけだもん」

 そりゃ面接の練習とか必要だけど。

「だからって甘く見てると落ちるよ〜」

「お姉ちゃん! 縁起の悪いこと言わない!!」

 母さんの言葉に姉ちゃんが肩を竦める。

 

 

 

 今は勉強なんてする気分じゃない。

 勉強より、高校より、俺には麻日が気になる。

 勉強より、高校より、俺には麻日が必要。

 それは俺だけ?

 麻日には俺は必要ないの?

 好きなのは俺だけ?

 

 

 

 考えたらまた涙が出そうになった。

「ごちそうさま」

 俺はそう言って立ち上がる。

「もういいの? 気分悪い?」

 心配そうにしてる母さん。

「違う……勉強、するね」

「そう? でも……」

「頑張んなよ〜」

 まだ何か言いたげだった母さんの言葉を姉ちゃんが遮る。

「うん。ありがと」

 俺はそう言って部屋へ向かった。

 

 

 

 扉を閉めた瞬間、堪えていた嗚咽が洩れた。

 

 どうしてだろう?

 俺が子供だからうまくいかないんだろうか?

 こんなに、こんなに麻日が好きなのに……

 

 その晩、俺は麻日を想って一晩中泣いた。

 

 

 

 

 大泣きしたからって次の日快調ってほど、俺の躰はうまく出来てないみた

いで、泣きはらした眼の下にはクマがある。

「ぶっさいくー」

 自分の顔を見て無理に笑顔を作ってみる。

 よけいに涙が零れそうで、ぎゅっときつく目を閉じた。

 

 

 

 ねえ麻日、俺のこと好き?

 俺はこんなに麻日が好きだよ。

 

 

 

 こんな顔で学校なんか行けるか、とは思いつつも、3日後に入試を控えて

サボリなんて出来るハズもなく、俺は仕方なく学校へ来た。

 こんな泣き腫らした目で何を言われることかと思いきや、誰にも何も言われ

ず、自分で思うほどに他人は自分に興味がないのだと気づく。

 

 

 

 ねえ麻日、麻日にとっても俺ってそんなもん?

 俺は麻日の小さな変化にも気づくと思うよ?

 

 

 

 

 

「江太、大丈夫? しっかりやるのよ?」

「大丈夫だって。じゃあ行ってくるね」

 俺の志望校は家から自転車で15分くらい。

 ここがいちばん近いし、頭のレベルも俺くらいだったからここにした。

 単願だから落ちたら一般で受けなおさなきゃいけない。

 しかもそれまで落ちたら、中卒で就職だ。

 私立に行かせてもらうほどの余裕はないだろうし(去年、姉ちゃんが私立

のめっちゃくちゃ頭いいトコ入学してる。ホントに血が繋がってんの

か疑いたくなるけど)、それに別にそこまでして行きたいわけじゃないし。

 まあ人生なるようになるっしょ? って楽観的な俺は皆に心配されつつ、

入試会場である(受かれば春から通う)高校に向かう。

 

 

 

 

 

 う〜ん……大丈夫とか言いつつ、いざとなるとキンチョーするな……。

 しかも推薦のわりに受験者数多いし……。

 待ち時間長いじゃんかよ。

 教室に並んでるイスに学校別、クラス別、出席番号順に座らせられた。

 げっ、いちばん最後じゃん。

 20人近くいる教室で、前から順番にひとりずつ、隣の教室へと呼ばれる。

 面接のマニュアルを開いてみるけど、内容なんて全然入ってこない。

 最近寝不足だったからか、頭がボーっとするし……。

 やっと俺の名前が呼ばれる頃には、始まってから2時間経っていた。

 教室には俺ひとり。

 隣の教室に移動し、中央にある椅子に腰掛ける。

 目の前には3人の先生。

 10分程度質問に答えて、教室を出た。

 頭ボーっとする……くらくらするし……

 自分が何しゃべったか憶えてないや……。

 早く帰って、寝たいな……

 フラフラする頭を何とかまっすぐに保ち、ウチに帰る。

「江太、どうだった?」

 母さんが訊くけど、答えられない。

「江太? どうしたの?」

 どうしたんだろ?

「熱があるじゃない!!」

 俺の額に手を当てて母さんが言う。

 そっか……だから体温の高い母さんの手が冷たく感じるんだ……なんて

ことをボーっとする頭で考えてみたりする。

「早く寝なさい」

 そう言ってベッドに押し込まれ、薬を取りに行ったらしい母さんの背中を

見送った。

「江太、薬は?」

 声をかけられても起き上がれない。

 目を閉じると急に眠気が襲ってきてそれ以上は何も考えれなかった。

 

 

 

 

 

 うーん… 冷たくて気持ちいい……

「江太? 大丈夫?」

 なんだか頭がぼうっとする。

 遠くのほうで大好きな声が聞こえる……

「水飲む?」

 うん。のど渇いた。

 とろんとした目を開いて、水を求める。

 すると目の前には口に水を含んだ麻日。

「麻日だぁ……」

 久しぶりに見た。

 夢かな? やっぱり好きだなぁ……

「んっ?」

 いきなり口を塞がれ、のどに水を流し込まれる。

「ん〜〜〜っ!!」

 やっとのことでその水を飲み干すと、口の端から零れた飲みきれなかった

雫を麻日が舐めとった。

「もっと、いる?」

「なんで?」

「えっ?」

「なんで、麻日がいるの?」

「なんでって……」

 困った表情の麻日。

 このカオも好き。

「麻日、俺に会いたくないんじゃないの?」

「?? なんで? なんでそう思うの?」

「だって電話……」

「電話?」

 俺がそんなこと言う理由がまったくわからないって表情。

「会わないほうがいいって……」

 言われたときのこと思い出して、また泣きそうになる。

「ああ」

 麻日は言い訳もせず、肯定する。

「だから……」

 自分でもわかるほどの涙声。

 だって、本当に辛かったんだよ?

 ずっと麻日に会えなくて。

「『しばらく会わないほうがいい』…… 意味わかってなかったの?」

「意味? 意味って何? 麻日が俺に会いたくなかっただけでしょ?」

「何言ってんの? 会いたかったよ。でも江太受験じゃん? 勉強しなきゃ

いけないから、と思って」

 …………はぁ!?

「バカ!! 麻日が気になって勉強どころじゃなかったもん!! 泣いてばっ

かで不細工だし、熱まで出ちゃったんだからね!!」

 本格的に泣けてきた。

 大体この時期に受験っつったら、推薦しかありえないっての。

 勉強なんて必要ないじゃん。

「ごめんね。ちゃんと言えばよかったね」

 そう言って麻日は俺の額に手をあて、前髪をかきあげた。

「麻日は大人だから、俺のことなんてすぐに飽きちゃうんだ……」

 今、どんなに優しくても、きっと麻日の言うこと、ちっとも理解できないガキ

な俺はすぐに捨てられる。

「何言ってんの?」

 ちょっと怒ってる?

 普段のほほんとしてる麻日だから、怒ると怖い。

 でも今日の俺はこんなところで引き下がるわけにはいかない。

「だって麻日はいっつも俺のこと抱いて骨抜きにしちゃうけど、何も言ってくれ

ないじゃん!!」

 今まで訊くのが怖かった。

 言ってくれないんじゃなくて、そう思ってないんじゃないか、って……

「何もって?」

「好きだって言ってくれない!! 近所に住んでて麻日に惚れてる俺が都合

よくて抱いてるだけなんじゃん!!」

 自分で言ってて更に涙が出てきた。

 だけど、その涙も沈黙の後の麻日の一言にぴたりと止まった。

「……言ってなかったっけ?」

「はっ?」

「好きだって。いつも言ってると思ってた。心の中で思ってるから言ってる気

でいたのかな?」

「はっ?」

 処理能力の遅い俺の頭では、今の麻日の言葉を処理しきれなくてしばらく

沈黙が続く。

 すると麻日は拗ねたように唇を尖らせた。

「江太だって言ってくれなかったじゃん。俺ばっかり好きなのかと思ってたし」

「バッ……カじゃないの……!? 好きでもないのに男に抱かれると思って

んの!? 俺は麻日が言ってくれないから……」

 だから怖かったのに……

「うん。ごめんね」

 麻日はそう言って、俺の瞼にキスをする。

「いやだ」

「ごめんね」

「いやだ。好きだって言って。今までの分、たくさん言ってよ」

 そう言うと麻日は今度は俺の唇にちょんと触れるだけのキスをした。

「うん。好きだよ、江太。大好きだよ」

「うん。俺も大好き」

 だからずっとそばにいて。好きだと言って、抱きしめて。

 

短編