待ってろ

 

『クラス会開催!』

 そんなタイトルのメールが届き、ケータイを開く。

『12月の第3土曜に忘年会を兼ねたクラス会を開催します!

元3年5組の皆!ぜひ参加してね。返事待ってまーす☆』

 知らないアドレスからのメールだったが、多分クラス委員だった田島朋子

からだろう。

 俺は『出席』とだけ書いたメールを返信した。

 

 

 

 

「寺田、久しぶりー!」

 出先から直接来た為、少し早めに着いてしまったが、予想通り幹事の田島

と彼女の友人達は揃っていた。

「おう。今日ってどれくらい来るんだ?」

 年末だし、社会人の皆は忙しかろう。

 そう言いながら机を挟み、田島の前に座る。

「聞いて驚け! 全員出席だ!」

 田島はえっへん、と胸を張り、凄いだろう、と目で訴える。

「それは……凄いな」

「成人式以来だからね〜。久しぶりに皆会いたいのよ」

 確かに言われれば、全員揃ったのは成人式以来かもしれない。

 年に一度くらいのペースでクラス会自体はやっているらしいが、俺も出席

したことはない。

「大体、薄情なのよ。寺田だっていっつも不参加だし」

 田島は恨めしそうに俺を見つめ、周りに同意を求める。

「しょうがねえだろ。今回みたいに前もって連絡くれればどうにかなるかも

しんねーけどさ。いっつも直前じゃねえか」

「確かにね。でも皆、自宅にいなかったり、連絡つかないんだもん」

 だから今回は頑張ったのよ。とケータイを取り出す。

「今なんて皆ケータイ持ってるじゃない? そのほうが連絡も早いしさ」

 確かに。それにしても連絡先はどうしたんだ?

 そう訊こうとした瞬間、ぞろぞろと人が集まってきた。

「寒い〜!」

「ひでーよ。中にいるなんて」

「皆集まるまで外で待ってたのにー」

 口々に言いながら入ってくる元級友たち。

「幹事私なのよ? “田島”で予約してるわよ」

 そりゃそうだ。

「クラス会の予定なんだけど、って言ったら通してくれたぞ」

 俺がそう言えば、「そうすれば、よかったんじゃん」なんて……おまえら

ホントに25か?

「とにかく皆、久しぶりー!!」

 そう言い合いながら適当に席に着くと、田島が店員を呼ぶ。

「何、飲む?」

 決めてから呼んでやれよ。

「とりあえず、生中」

 田島にそう言って、俺はメニューを開いた。

 クラス会で焼肉屋ってどうよ? 居酒屋とかにしときゃいいのに。

「乾杯したら注文は適当に自分でしてよねー」

 飲み物の注文が終わったらしい田島がそう叫ぶ。

「はーい」

 皆揃って手を挙げる大人達。

 ノリがいいのは結構だが、酔ってないのにこのテンション。

 おまえらいい大人だろう……?

「飲み物渡った〜?」

 順番に飲み物が届き、田島が立ち上がった。

「え〜っと、今回はよくぞ皆、参加してくれました。これからも全員参加で! 

結婚して子供が出来ても! あっ、いる人もいるけどね。禿げ上がった

オヤジになっても! 三段腹のオバサンになっても! じいさんばあさんに

なっても、全員参加でヨロシク!!」

「そのころにはチラホラ死んでるぞ〜」

「それでも出て来い! カンパーイ!!」

「「乾杯!!」」

 

 

 

 

「次はカラオケだー!!」

 近所迷惑にもそう叫ぶ酔っ払いどもに連れられ近場のカラオケボックスに

やってきたが。

 この人数でカラオケボックス?

 分かれんの? この人数はいる部屋はねえだろ?

「何部屋か? あぁん? 何言ってんだよ? 一部屋に決まってんだろ? 

クラス会なんだぞ?」

 困る店員に絡む酔っ払い。

 酔っ払い恐るべし……。

 酔っ払いどもを宥め、何とか39人を3部屋に分かれさせる。

 店員が気を利かせ和室にしてくれたのは有り難い。

「歌うぞー!!」

 部屋へ入り、酔っ払いを横目に一息つく。

 この人数じゃ、マイクどころかリモコンも回ってきやしねえ。

 案の定、酔っ払いがマイクを離さず、他人のいれた曲まで歌ってくれている

ようだ。

 ウーロン茶を飲みながら、時間を見ようとケータイを出す。

 まだ11時。

 きっと午前様になるだろう。

 この酔っ払いどもと朝まで過ごすのか……とそっと溜め息をついたとき、

タイミングよくケータイが鳴った。

 ディスプレイには『夏目学』の文字。就職先で出来た友人だ。

 俺は部屋から出て通話ボタンを押す。

「もしもし?」

『俺。夏目』

「うん。何?」

『今から、会いたいんだけど、』

 夏目にしては珍しく躊躇いがちに出される声。

「うぅん……まあ、いいけど? 今どこ?」

 別にいてもマイクも回ってこねえし。

『おまえん家』

「はぁ? 俺、いねえじゃん」

『うん。だから電話した』

 そりゃあ、わざわざ今日クラス会だとか言った憶えはないけどさ。

 確認しろよ。普通先に電話だろ?

「……わかった。今から帰るから。寒いけど我慢しろ」

『わかった』

 夏目の了解を聞き、電話を切る。

 アイツはいつもこうだ……。

「ごめん。帰るわ」

 部屋に戻り、田島に耳打ちする。

「マジ?」

「マジ。これじゃ歌えねえし」

 そう言うと田島は苦笑し、了解した。

「会費いくら?」

「いいよ。寺田歌ってないじゃん。さっきの分はもらったしさ」

 悪いと思ったけどわざわざ食い下がるほどのことでもないので俺は田島に

礼を言って背を向けた。

「寺田! 連絡先、変えたら連絡しろよ!」

 振りかえると田島がケータイを手に振っている。

 俺は手を挙げそれに応え、店を後にした。

 

 

 

 

「寒い」

 部屋の前で蹲っていた夏目が俺を見るなりそう言った。

「我慢しろっつったろ?」

 おまえが勝手に来たんじゃねえか。

 そう思いながらも口には出さず、夏目とともに部屋へ入る。

「で、何の用?」

 わざわざクラス会を抜け出して来たんだ。

 大した用じゃなきゃぶっ飛ばす。

「うん。俺、考えたんだけどさ」

 灯油が入ってるのを確認し、ストーブに火をつける。

 コタツの電源を入れ、まだ冷たいそこに足を突っ込むと夏目が同じように

向かいに座った。

「…………」

 考えたけど、なんだってんだ。

 どう言っていいのか迷ってるらしい夏目が沈黙する。

「で?」

 俺が促すと夏目は俯いていた視線を俺に合わせた。

「俺、おまえが好きだ」

「…………は?」

 何言ってるんだ、コイツ。

 暑くもないのに頭沸いたか?

「ちょっと待て。好き、ってトモダチとかじゃなく?」

 トモダチだったらわざわざ宣言しに来ねえよな?

「うん。レンアイで」

「…………」

 ちょっと待てよ? レンアイで俺が好き?

 俺とコイビトになりたいってこと? キスとかエッチとかすんの?

「よく考えろ。俺は男だ」

 そりゃあ背は思いのほか伸びなかったが、低くはない。

 顔だって女と間違われるようなことはなく過ごしてきた。

 夏目だってそうだ。

 細いが身長は羨ましいほどあるし、顔だって可愛くない。

「よく考えたんだ」

「もっとよく考えろ!」

「……2年考えた。でもやっぱ好きだ」

 ……2年……?

「ちょっと待て。俺ら……」

「うん。出会って2年だ」

 ……ん? どういうことだ?

 それって、つまり……?

「一目惚れだったんだ」

 夏目が艶っぽい瞳で俺を見つめる。

「寺田」

 ちょっと待て。

 考えさせてくれ。2年とは言わないから。

「キスさせてくれ」

「……はっ!?」

 俺が必死に考え込んでいるというのに、何を言っているんだこの男は!?

 しかし俺の了解を得ぬまま夏目は身を乗り出してきた。

「待て! 俺、焼肉臭いし!!」

「うん」

 うん、ってなんだ!?

「風邪気味だし!!」

「いいよ」

 伝染るってば!!

「唇だってカサカサだしさ!!」

「うん。それでもいい」

 夏目は俺の静止を聞かず唇を合わせてきた。

 しかもちゃっかり俺が逃げれないように顎を掴んでやがる。

「んっ……ふ」

 つーかコイツ、巧いんですけど。

 耳に入ってくる甘い声が自分のものじゃないことを祈りたい。

「んん……はぁ」

 息くらいさせろっつーような夏目の執拗なキスからようやく解放された唇は

必死に空気を吸っている。

「どう?」

 どうってなんだよ?

「気持ち悪くない? 俺のこと好きになれそう?」

 無理矢理キスしといてなんだよ、その態度。

「考えてみる」

 俺がそう言えば夏目の目が輝く。

 考える、ってことは脈アリだとでも思ってんのか?

「2年な」

 おまえも2年考えたんだろ?

 だから2年待て。

 そう言うと夏目はがっかりと肩を落として俯いた。

 その姿にバレないように苦笑する。

 ちょっと待ってろ。

 多分2年もかかんないから。

 

短編