秘密
幼いとき、父が出張のお土産にくれたクマのぬいぐるみ。 女の子じゃないのに、と思ったけど、姉とサイズ違いのそれはすぐに大好 きなものになった。 それでもアトピーが酷かった俺はそれを抱きしめることは出来ず、クマは 部屋の隅に飾られるだけだったのだけれど。 高校生になる頃にはアトピーはすっかりナリを潜め、今までの鬱憤を晴らす かのようにクマのぬいぐるみを抱いて寝た。 代わりのいなかったそれは、何度も洗われては縫われ、すでに使い古され てぼろぼろになってしまっている。 それでもそいつの代わりはいなくて。 子供んときからずっと変わらず大好きなぬいぐるみ。 でももちろん、高校生にもなった男がぬいぐるみ抱いて寝るなんて絶対、 誰にも、秘密だ。
「よっ! 起きたか?」 そう言っていきなり目の前に現れた彼に、ここはどこだろう、と考える。 「1時に来るって言ったのに、寝てるし」 寝起きのいつも以上に使い物にならない頭で必死に記憶を辿る俺を見な がら彼は苦笑を噛み殺す。 「おーい、起きてるかー?」 目の前で手をひらひらされ、今日の約束を思い出した。 課題を教えて欲しいと言われ、ウチで一緒にやる予定だったこと。 それまでに部屋を片付けようと思って片付けしてたこと。 綺麗になった部屋に満足し、干したばかりの布団に潜り込んだこと。 いつものようにクマのぬいぐるみを抱いて―――…
ぎゃー!!
しまった! これも片付けておこうと思ってたのに!! 男子高校生の部屋にあるクマのぬいぐるみ。 しかも! 抱きしめて寝ている現場まで目撃されたー!! 「大丈夫か? 目覚めた?」 見えてるはずなのに。 彼は俺の抱きしめてるぬいぐるみについては何も言おうとしない。 そのことにホッとしつつも、言いふらされたりとかしないよな、とドキドキ する。 「起きてすぐ数学とか出来んの?」 それでも彼はそんな素振りも見せず、課題のプリントを鞄から引っ張り出し ている。 「うん。もう目覚めたし」 ベッドにクマを置き去りに、俺もプリントを持って机についた。 「ここ。これがわかんねーんだけど」 いつも通り。 さっきのことなんてなかったかのような彼の態度。 気にしすぎなんかな? 友達の悪口言うような奴じゃないし。 そうは思ってもやっぱり気になる。 「あ、あれ、ちっちゃいとき、父さんが出張のお土産にくれて。だから、その」 いや、怪しいだろ。自分。 もっときちんと説明しろよ。 それでも彼はそうなんだ。と意外にあっさり。 しかしホッとしたのも束の間。 「てっきりお姉さんのかと思ってた」 ぎゃー! そうか! 姉ちゃんのってことにしとけばよかったんだ!! バカー! どうして気づかないんだよー! 「いや、でも、別にいつも抱いて寝てるわけじゃないから!!」 必死に言い訳する俺に。 それでも彼はバカにしたりはしなかった。 「わかったよ」 そう微笑った表情が優しくて。 「ぬいぐるみのことも。誰にも言わないから」 そんなに心配ならゆびきりでもする? そう言って差し出された小指におずおずと自分も小指を差し出す。 絡んだ指先がふたりだけの秘密の証。 |