世界にひとつ
「この歌、嫌い」 梶山が顔を顰める。 テレビからはアイドルグループのヒット曲が流れていている。 最近よく耳にするこの曲。 自分は世界にひとりしかいないんだから、他と比べることはない。とかいう ことを花に喩えてる歌だ。 今まで色んな歌手が歌ってきたような内容なのにどうしてこんなに売れて いるのか、と不思議には思うものの、別にそこまで嫌う理由はない。 「なんで?」 「日高、おまえはちゃんとこの歌を聞いたことがあるのか? 世界にひとつ だけなんてのは当たり前なんだ。それでも学校、社会、ひとつの括りの中で 人間は争う。花だってそうだろう? ひとつひとつが世界にひとつしかない ものだろうと、薔薇は薔薇。百合は百合。その中でどれがいちばん美しいか 選ぶじゃないか」 「つまり綺麗事を言うな、ということか?」 「それだけじゃないが、概ねそういったところだ」 梶山はそう言ってまだ流れている曲を遮るようにチャンネルを変えた。 「だが、それを選ぶのも人間だ。花がそんなことを考えているかはどうかは わからないだろう?」 大切にされたいから綺麗に咲こう。選ばれたいから輝こう。 どっかの御伽噺じゃあるまいし、花がそんなこと考えてるかなんてわから ない。話したことがないのだから。 「それなんだよ。人間が勝手に選んで喜んでいるのに、何故人間がこの歌を 歌う? 争うことをやめることなど、出来はしないくせに」 「いいじゃないか。好みが人それぞれだから争わなくて済むことだってある だろう? 俺がおまえを選んで、おまえが俺を選んだように」 そう言って梶山を抱きしめようとすると、奴はテレビを消してそれを躱す。 「人の好みがそれぞれだろうと重なることだってあるんだぞ。争いがないと 思ったか」 梶山はそう不敵に笑い、俺を誰だと思っているんだ、と言う。 その通り、梶山はモテるのだ。 色んな人間を潜り抜け、やっと手に入れた極上の恋人。 「だが、おまえは俺を選んだだろう?」 「今はな」 「この後があるのか?」 「あるかもしれないし、ないかもしれない。おまえ次第だ」 「じゃあ、頑張らせていただきましょうか」 そう言って俺は今度こそ梶山を抱きしめた。 |