また明日

 

「キスしたくねぇ?」

 大河のその言葉に薦められた漫画を読んでいた俺の手が止まった。

「……おまえと?」

 見せ場である喧嘩シーンから顔を上げ、綺麗な大河の顔を見つめる。

「うん」

 他に誰がいんの?

 大河は俺なんかじゃよくわからない生徒会のプリントから目を逸らさず

そう言った。

「いいんじゃねぇ?」

 大河のことは好きだったし(もちろん友人としてだが)何より大河は自他共

に認める面食いの俺が合格を出すほどの美形だ。

 特に断る理由はない。まあ大河が本気だったらの話だが。

「じゃあ、しよ」

 そう言って大河はプリントから顔を上げ、シャーペンを置いた。

 俺と大河を隔てていた机に乗り出し美しい顔が近づく。

 髪と同じ真っ黒な瞳が俺を見つめる。

 紅い、ふっくらした唇が近づく。

 目を閉じることなく俺は大河の唇を受け入れた。

 くっつけるだけの子供みたいなキスをしてくる大河の頭を掴み、さらに深く

唇を合わせる。

 大きな瞳がさらに大きく見開かれる。

 舌を滑り込ませ歯列をなぞる。

 口の端から流れる唾液を舐め取り、おずおずと差し出される舌を吸う。

 堪らず目を閉じる大河。その顔も美しく。

 イヤラシイ音を立てながら舌を絡めあう。

 漸く離れたころには大河の頬は染まり、息が上がっていた。

「……こんな予定じゃ、なかったのに」

 俯いた大河が吐息とともに吐き出した呟き。

 俺にはその意味がわからない。

「俺ばっか……」

 それ以上大河は何も言わなかった。

 言わないことを訊く必要もないので俺も口を閉じたまま。

「それ、終わった?」

 プリントを指し、そう訊けば口は開かず頷くだけ。

「あっそ。じゃあ帰るか?」

 読んでいた漫画を机に突っ込み鞄を引っ掴む。

 大河も無言で身支度を始めた。

 裏門常用の俺と正門常用の大河。

 昇降口でいつも通り「また明日な」なんて気の利かないセリフ。

「また明日」

 大河はそう呟きながらやっぱり俯いたままで。

 その姿に背を向け歩き出す。

「また明日」

 呟いて無意識に唇に手を伸ばす。

 明日はどんな表情をすればいいんだろう。

 キスをしたときの大河の表情を思い出す。

 いつもみたいな猫被りじゃなく、たまに俺だけに見せる子供みたいな素の

表情。

 綺麗な顔がもっとキレイになる俺の好きな大河の表情。

「明日」

 楽しみな明日。

 大河は明日どんな表情でやってくる?

 いつも以上に頑丈に猫を被った大河の姿を想像し苦笑する。

 明日になればわかること。

 大河に会える、楽しみな明日。

 

掌編