馬鹿男の幸運

 

 元々あったコタツを処分してまで卓袱台が欲しかったらしい晃の真意は

わからない。

 だが、嬉しそうに卓袱台に料理を並べたり、卓袱台を拭いたりしている姿

は可愛いし、特に文句があるわけでもない。

 いつもはムカツクだけの男に心の中だけでよくやった、と親指を立てて

やる。

「麻美ちゃん、今日はゆっくりしていけるんだよね?」

「おう。……あの馬鹿男は?」

「さあ? もうすぐ来るんじゃない?」

 自分の恋人が馬鹿男と呼ばれていることに対しての感想はないらしい。

 尤も、私があの男のことを嫌っているのを知っているからかもしれないが。

 嫌っていて当然だ。

 昔から可愛かった私の大切な晃を横から掻っ攫って行ったのだから。

「あぁ……晃、どうしてあんな男がよかったんだ?」

 昔とは違う、成長した体を抱きしめて頭を撫でる。

「お姉さん、やめてくださいませんか?」

 唐突に腕の中の温もりが奪われ、見上げれば嫉妬深い馬鹿男が。

「おまえにお姉さんなどと呼ばれる謂れはない」

「晃のお姉さんなら、俺にもお義姉さんでしょうが」

 その言葉にあからさまに顔を顰めてやる。

 いつまで続くかわかったもんじゃない恋人風情がよく言ったもんだ。

「くだらねーこと言ってんじゃねーよ。さっさと離せ」

 冷たく突き放される馬鹿男にざまーみろと舌を出し。

 それでも知っている。

 晃の耳が紅いこと。

 晃がどうしようもなくこの男が好きだということ。

 でなければ、こんなどうしようもない馬鹿男、認めるわけがない。

「あぁ……どうしてこんな男がいいんだ?」

 馬鹿男に解放された晃をまた腕に抱く。

 私よりも随分育ってしまった晃だが、可愛らしさはいつまでも変わらない。

 これは身内の欲目なのだろうか?

「こんな男とは失礼な」

 馬鹿男は文句を言いつつ、先程のように手を出してくる様子はないようだ。

「麻美ちゃん、お茶冷めるよ」

 晃は私の腕の中、先程煎れたお茶のことなど気にしている。

 まあ、そんなところも可愛いので何も言うことはないのだが。

「そうですよ、お義姉さん。晃は俺のものなんですから。さっさと離してくだ

さいね」

 渋々可愛い晃を離そうと手を緩めると、馬鹿男はぬけぬけとそんなことを

言いやがった。

「誰がおまえのものなんだ?」

 呆れて物も言えない私に代わり、晃が冷たい言葉を放つ。

「何言ってんの? ここにも、ここにも。俺のものってシルシがついてんでしょ

うが」

 しかし馬鹿男も負けていない。

 晃の胸元やら二の腕やらを指し、とんでもないことを言う。

「ばっ……! てっ……!」

 何やら言葉になっていない声を出し、晃は馬鹿男に殴りかかる。

 しかし、たまにしか会いに来れない私でも見慣れた場面であるだけに、

馬鹿男はあっさりその鉄拳を躱した。

 あーあ……私は溜め息をつき、彼らと距離をとる。

 何度もケンカしているのに何故避ける。

 だから馬鹿男だというんだ。

「避けてんじゃねーよ!」

 卓袱台を挟んで反対側に逃げた男に手は届かないと判断したのか、晃は

湯飲みの載ったままの卓袱台をひっくり返し、ぶつけるという作戦に出た。

 ガンッ!

 小気味よい音がし、馬鹿男は卓袱台の下敷きになりながら、お茶を被って

いる。

 私のために煎れられたお茶が温かっただろうことだけが救いだ。

「晃、お茶を煎れ直してくれ」

 私はそう言って元の場所に腰を下ろした。

「そうだね。零れちゃったし」

 晃もそう言いながらキッチンへ向かう。

 馬鹿男はあまりのショックに未だ動けないらしい。

 馬鹿男はどこまでいっても馬鹿男。

 可愛い晃を射止めることが出来ただけで、人生良しとしなければ。

 

愛する君から