「今日、旦那さんは?」

 どうでもいいことを紡ぐ男の唇を見ながら、この男は何という名だったろうと考える。

 しかしその考えもどうでもいいことに気づき、あたしは男から目を逸らした。

「知らない」

 鬱陶しい髪の毛を振り払い、帰り支度を始める。

 本当に鬱陶しいのは目の前の男だ。

「もう帰るの?」

 そう言いながら男が何度かあたしの名を呼ぶ。

 それでも彼の声ではないその音は、あたしにはただの雑音でしかない。

 

 

 

 あたしの名前も愛の言葉も。

 あなたでなければただのガラクタ。

 

 

 

 あたしを呼ぶ声。触れる指。

 笑う目許も。唇も。

 あたしだけのものでいて。

 あなたがいれば、それだけで。

 

 

 

 それでもあたしは卑怯だから。

 それでもあたしは臆病だから。

 試すようなことばかり。

 どんなことをしても。どんな言葉を吐いても。

 あの日のあなたが本当ならば、と。

 あなたを試すようなことばかり。

 それでもあなたが離れていかないことに、あたしは安堵し、涙する。

 

 

 

 そんな醜くて小さなあたしを、それでもあなたは愛してくれるの?