「別れましょう」

 つきあっていると呼べるほどの男でもないのに、別れはおかしいだろうか?

 それでもこんなことをしていても彼は振り向いてくれないと知っている。

 だからもう終わりにしたい。

 あたしの名前も愛の言葉も。

 彼でなくては意味がない。

「どうしてだよ!?」

 男は激昂したように何度もあたしの名を呼び、あたしの躰を引き寄せる。

 彼でない腕に摑まれ、抱き寄せられて。

 あたしは腐敗し、朽ち果てる。

「やめて」

 意識して出した冷たい声は、しかしいつも男に掛ける声と変わらなかった。

 男の身体を振り払い、背を向ける。

 何を言われようとも。何をされようとも。

 あの人からでなければ意味がない。

「どうして急にそんなことを言うんだよ。うまくやってただろ……?」

 この男は一体何をうまくやっていたというのだろう?

 名前を思い出すことさえ困難な男。

 その言葉を無視して扉に手を掛ける。

「愛してるんだよ」

 男はなおもそう言って縋り付いてくる。

 あの人からの愛でなければ、あたしにとってはただのゴミ。

「やめて」

 男を振り払おうとして違和感に気づく。

「な、に?」

 男の手に握られた刃物。

 脇腹に感じる熱。

 扉を押して倒れたあたしに、隣から出てきた少女が悲鳴を上げた。