「着いたわ」

 女性がそう言って車を停める。

 女性の運転して来た車に乗り込み、件の店まで連れて来てもらったのだ。

 もちろん、当然と言わんばかりに大きな顔をして富嶋も付いて来ている。

「どうぞ」

 店舗部分に当たるのだろう入り口の戸を開き、女性が弥月たちを店内へ促す。

 おじゃまします、などと場違いな言葉を口にしながら富嶋は足を踏み入れた。

 呉服屋などに縁のない富嶋は興味深げに店内を見回し、入り口を塞いでいることに

気づかない。

 弥月は無言のまま富嶋の足を蹴り、店内へ入ることに成功した。

「あら、弥月くん? いらっしゃい。奏子かなこ、弥月くんに会いに行ってたの?」

 店内にいた女性が弥月を見て嬉しそうに微笑う。

「ええ。ちょっと相談事があって」

 足を擦りながら女性を見つめていた富嶋に奏子が彼女は母であると説明した。

「お母さん、こちらは弥月くんのお友達の、」

「富嶋充です」

 そう言って人好きのする笑顔で頭を下げる富嶋に、女性も綺麗なお辞儀をしてみせ

る。

「上がっても構いませんか?」

 いつもなら自分と友達などと言われて黙っているはずがない弥月を不思議に思って

いた富嶋だが、どうやらただ聞いていなかっただけのようだ。

「住居のほう?」

「いえ、わからないのでちょっと見て回りたいのですが」

「どうぞ」

 不思議そうに首を傾げる母親に代わり、奏子が返事をする。

 了解を得て弥月は店舗の奥のほうへ入って行った。

 慌てて追いかけようとする富嶋だが、こんなときに限って脱ぎにくい靴など履いてい

るから嫌になる。

 雰囲気に呑まれ、いつもはしない靴を脱ぎ揃えるなどということをしてから弥月の後

を追った富嶋だが、どんどん進んでしまったらしい弥月が見つからない。

 店の奥へ続く暖簾をくぐり、着物が保存されている部屋へと移動する。

 弥月のように何が視えるわけでも、この店の不思議を解決しに来たわけでもない富

嶋は、ただ珍しげに呉服屋、というものに目を奪われる。

「うろうろするな」

 急に声を掛けられ、ビクリと身を竦める富嶋に、弥月はいつも通り見下したような微

笑を浮かべた。

 急に声を掛けられたからだ、とか。おまえと違って視えないから怖くなんかない、と

か。たとえ視えても俺が怖がるはずがないだろう、とか。

 色々頭の中を巡るが、それを言っても弥月の表情が変わるはずないと知っている富

嶋は、結局何も言わず、弥月の後に付いて行くことにした。

「何かいるのか?」

 ビクついていると思われるのは癪だが、気になっているのは確かだ。

 しかし、そう訊いてから「何かわかったか?」と訊けばよかったことに今更ながらに気

がついた富嶋だった。

 そんな富嶋の心情に気づくはずもなく、弥月は冷たく富嶋を見返し、首を振った。

 まだ原因は現れないらしい。

 大体、弥月に視えるような原因などないのかもしれないではないか。

 富嶋は見るともなしに視線を彷徨わせ、ただ弥月の後を歩く。

「ぶっ……!」

 突然立ち止まった弥月にぶつかり、男前(あくまで富嶋自身の意見だが)に有るまじ

き情けない声を出してしまった富嶋は顔を擦りながら文句を口にした。

「急に止まるなよ。おまえ、昔とは違うんだぞ? あのままのが可愛かったのに、なん

でそんなに成長してんだよ」

 出会った頃より随分伸びた身長に、よくわからない八つ当たりをする富嶋には見向

きもせず、弥月はただ一点を見つめている。

 富嶋に強打された後頭部は何ともないようだ。

「おまえの石頭のせいで、俺だけ痛い思いをしているじゃないか、」

「帰るぞ」

 まだ続いているらしい文句を遮り、弥月が踵を返す。

「ちょっ、待てよ! 何だよ!?」

 慌てて後を追う富嶋だが、もちろん、弥月に相手にされるわけはない。

「弥月くん?」

 店舗に戻り、靴を履いている弥月に奏子が声を掛ける。

「義姉さん、何の心配も要りません。今までのことはただの偶然。除霊なんて以ての

外です。早く子供でも作ってください」

 では、と、素っ気無く弥月は店を出て行った。

 脱ぎにくく、履きにくい靴に苦戦している富嶋を置き去りに。