うたかたの日々
−漆−

 

 喉が渇くのだという。

 

 帰ってきた桔梗は何日も塞ぎ込んでいた。

 食事もろくに食べようとせず、死を望んでいるかのように見えた。

 何を言っても首を横に振るだけの桔梗が久しぶりに声を発した。

「喉が渇いた……」と。

 水を汲んだが、桔梗はやはり首を振る。

 

 細くなった躯からか細い声を絞り出し、桔梗は語った。

 罪の告白をするかのように。

 鬼に会ったこと。

 人間ではなくなったこと。

 要領を得ない桔梗の話は俺には半分も理解できなかった。

 ただ桔梗は譫言のようにアザミ、と繰り返すだけ。

 俺の体を抱き、鋭くなった犬歯で皮膚を裂き。

 流れる血を飲み、アザミ、と。

 

 

 

 俺の血を飲むことで桔梗の渇きは癒えたのだろうか。

 今はもうわからない。

 俺を抱く細い腕。

 アザミ、と涙を流しながら俺を抱きしめ、抱きしめ返してやると幸せそう

に微笑った桔梗。

 俺の知らない“アザミ”と過ごした日々は、幸せだったのだろうか。

 

 今はもう、わからない。

 

睦  完結  あとがき