愛しているとか好きだとか
素直になりたい自分がいる。 素直になれない自分がいる。 素直じゃない俺に、呆れているアイツを知っている。 それでも素直になれない自分が、嫌いだ―――…
「俺のこと、どう思ってんだよ!?」 いい加減、業を煮やした最愛の恋人の(はず)真次が詰め寄ってきた。 「うっせーな。なんだよ急に」 せっかくのラブラブ甘々タイムが一変した。 久々にふたりっきりになれたと思ったら、急に真次が俺に「好きだよ」と 囁き、「倫は?」と訊きやがった。 自分で言ってて悲しくなるけど!! そんなの俺が言えるわけねえじゃん!! 「俺はおまえのこと好きだって言った。でもおまえは俺のことどう思ってん のか言ってない。なんで俺とキスしたり抱き合ったりできんだよ? なあ、 俺のこと……好きか?」 いくらふたりっきりだからって、こんなこっ恥ずかしいセリフ言われて、 俺が「うん。俺も好きだよゥ」とか言えると思ってんのかよ!? 俺は頬どころか顔全体が紅くなるのを感じ、それを隠すように真次から 顔を背けた。 「別にどうでもいいだろ!? 俺とキスしたい、って言ったのはおまえじゃ ねえか」 「そうだけど!! でも俺は倫が嫌がることはしたくない」 しっかりと俺を見つめてそう言う真次に見惚れて……いる場合では ない!! 俺がこんな性格だってのは、おまえが一番知ってるんじゃないのか? 無理強いすんなよな!! 「なあ……俺、不安なんだよ……。俺は倫がすっげえ好きだ。何回も言った よな? でもおまえは?」 真次は迷子になった子供のような瞳で俺を見つめた。 確かに俺は真次に好きだと言ったことはない。 告白だって真次からだ。
「ごめん。ずっと友達面しながらおまえのこと、いやらしい眼で見てた」 ある日、切羽詰ったように真次が俺に打ち明けた。 「俺、倫が好きだ」 まっすぐに俺の瞳を見つめながらそう言った真次。 本当に好きだったのは、俺の方。 「俺のこと、嫌いになった? ……嫌いじゃなかったら、俺とつきあって、 くれる?」 その真剣な告白に、俺は、 「いいよ」 と答えただけだった。
それから3ヶ月。 俺のことを抱きしめて、好きだと囁き、キスをする。 さすがの真次もそれだけじゃ足らなくなってきたらしい。 つまり、俺を抱きたい……と。 そりゃ高校生だし? ヤリたい盛りだし? 真次の言いたいことはわかるよ? でも! それを俺に言えって? 男のくせに、抱いて欲しいって?
ふざけんな!!
俺だって真次のことすっげえ好きだし、抱いて欲しい、と……思うよ? でも! でも!! そんなこと俺が言えると思うか!? 「好きだ」とさえ言えない、この俺が!!
「なあ、倫? 俺、不安なんだよ」 不安なのは、俺。 「同情……っていうか、告白されて、今の関係壊したくないから……友達 失いたくないから……だから俺とつきあってくれたのかも……って」 俺もそう思ってたよ。 俺の気持ちに感づいて、告白してくれたのかも、って。 「いつ飽きられるか、って」 うん。俺もそう考えてた。 こんな素直じゃない俺なんて、いつ捨てられてもおかしくないって。 「つきあってくれるだけでいいとも思ったよ? でも、どんどん欲張りになるんだ……。 笑って欲しい。 そばにいて欲しい。 好きになって欲しい。 好きって言って欲しい。 誰にも、渡したくない……」 そうだね。最初は自分の恋人でいてくれるってだけで死んでもいいくらい 幸せだった。 「もう、無理強いはしない」 「えっ?」 「別れようか……」 いつか聞かされると思っていた一言。 覚悟していたはずなのに。 真っ黒な波に呑み込まれたみたい。 息ができない。 泣きたいくらい哀しいのに、涙も出ない。 表情が変えられない。 今、泣いて、縋って、好きだと言えば、この言葉は取り消してくれるんだ ろうか? 「ごめんな。本当に倫が好きだったよ。今でも……」 真次はそっと俺の手に触れ、やさしい瞳で見つめた。 苦しいくらいにまっすぐに俺を見つめる。 「一度でいい……抱かせて、くれないか……?」 そう言われ、俺はどんな表情をしたのだろう。 見上げた真次の表情から、自分が無意識に頷いたことがわかった。 「ベッドへ行こう」 俺は大切そうに横抱きされ、数歩の距離にあるベッドへ倒された。
そっとベッドに横倒され、被さるように真次の体温を感じる。 ずっとそばにいたはずなのに。 自分より少し低い体温。 大きく武骨な手。 耳に心地よい低い声。 頬に触れる髪。 欲望に潤んだ瞳。
こんな真次知らなかった。
「好きだよ」 耳元に囁かれ、そのままそっと唇を寄せる。 「愛してる」 温かい唇が首筋に囁く。 「離したくない」 顎に頬にキスを降らせる。 額に瞼に鼻先に。そして、唇に―――…
「好き」 どうしてその一言が言えないんだろう。 「離さないで」 たった一言なのに。 「ずっとそばにいて」 それが本心なのに。
「倫……?」 真次が覗き込むように俺を見つめる。 俺はしっかりと真次の顔を見ようと思うのに、なぜか視界が歪んでよく 見えない。 真次がそっと俺の頬に触れる。 「泣かないで」 泣く? そうか、俺、泣いてるんだ。 泣きたいわけじゃないのに。 同情して欲しいんじゃないのに。 「好きだよ」 真次が瞼に頬に、涙を辿って唇を寄せる。
ずっと抱きしめててくれればいいのに。 俺と別れてどうするの? この腕で他の誰かを抱くの? 俺じゃない誰かを抱くの? 俺を好きだと言ったその唇で、その人にも好きだと言うんでしょう?
「いやだ」 そんなこと、俺が言っても迷惑でしかない? 「嫌いにならないで」 たった一言が言えない俺を。 「ずっと好きでいて」 なんておこがましいんだろう。 「ずっと好きだから」 でもそれが真実。
真次の手がゆっくりと俺の服を脱がす。 この手が好き。 真次の唇が俺の躯にやさしく触れる。 この唇が好き。 真次が何度も「好きだ」と囁く。 この声が好き。
真次が好き。 どうしようもないくらい、真次が好き。
朝、目が覚めると、昨日のことは夢だったんじゃないかと思った。 綺麗なシーツ、さっぱりした躯。 そして、隣には真次がいない…… 「なんだ……」 泣きたくなるのを堪えてそっと呟く。 昨日のが夢なら、俺はまだ真次と恋人同士? また真次は俺に笑いかけてくれる? まだ俺を好きだと言ってくれる? そんな願いも立ち上がろうとした瞬間、儚くも砕け散った。 「あっ……?」 間抜けな声を発しながらその場に座り込む。 下半身に力が入らない。 立ち上がることさえままならない。 痛いっていうか、だるいっていうか…… ―――そうか…… やっぱり夢じゃなかったんだ。 真次は素直じゃない俺に呆れて、俺を捨てて行ったんだ。 躯が綺麗なのは真次の優しさ。 恋人としての最後の優しさ…… 「真次……」 堪えていた涙が溢れ出す。 真次は俺じゃなくても平気なの? 「真次……!」 今まで堪えていた涙はこんなときには素直に出てくる。 もう真次はいないのに。 「真次ぅ……!!」 呼んだって、もう真次は来ない。 優しく微笑ってはくれない。 好きだと、言ってはくれない…… 「倫?」 そのとき、扉の外から窺うような声が聞こえ、望んでいた人が顔を出した。 「どうした? 怖い夢でも見たか?」 真次はそう言うと、座り込んでいた俺の脇に手を入れ、子供のように抱き 上げると、ベッドへ座らせた。 「どうした?」 そう言いながら、やさしく髪を撫でる。 「なんで……?」 なんでここにいるの? どうしてそんなに優しいの? どうしていつもみたいに微笑うの? 「ん?」 真次が優しく微笑うから。 そっと頬にキスをして、涙を拭うから。 よけいに涙が止まらなくなる。 「ねえ、俺のこと、好き?」 「好きだよ」 嗚咽とともに紡ぎ出される俺の小さな声に、真次が最高の表情で当たり 前のように答えるから。 もう、それだけで充分な気がした。 こんなに大切にされてる。 こんなに愛されてる。 今まで俺は甘えてただけなんだ。 俺が言わなくても真次が言ってくれる。 真次がどれだけ不安かわからなかった。 こんな自分を好きだと言ってくれる真次がどんなに大切な人なのか。 恋人同士になれたことがどれだけ幸福なことなのか。
「俺も好きだよ」
それを聞いた真次は一瞬驚いた表情をし、しかしそれはすぐに笑顔に 変わった。 俺の大好きな、真次の表情。 「知ってるよ」 真次はそう言うと、額にそっと唇を寄せ、涙の残る瞼に頬に唇を移動させ、 確かめるようにそっとキスをした。 「愛してる」 そう囁いた真次は本当に幸せそうで、俺もすごく幸せな気分になった。 きっとこんなに愛しいと思える人にはもう出逢うことはないだろう。 そんなことを考えながら、俺ははじめて自分からキスを贈った。
「大好き」
その行動がこの後自分をどんな目に遭わすか、このときの俺ではそんな ことまで気が回らなかったのだ。 今が夏休みでよかったのか……?
冷静になって考えてみた。 『どうして真次は別れ話を持ち出したのに、あの場にいたのか?』 『なぜいつも通り俺に接してきたのか?』 それを真次に訊くと、彼は意地の悪い微笑を浮かべてしっかりと答えて くれた。
「だって倫がすっげー可愛かったんだもん。 痛みと快感で潤んだ瞳で 『好き』 『離さないで』 『嫌いにならないで』 『ずっと好きだから』 なーんて言葉を言ってくれちゃうもんだから、 俺、我慢できなくなってきちゃうし。 はじめは苦しそうだったけど、だんだん超絶色っぺー表情してくれちゃうし。 俺にしがみつきながら甘ったるい声で俺の名前呼ぶし――…」
まだまだ続きそうなその話を俺が真っ赤になりながら必死にやめさせて、 聞かなきゃよかった。と後悔したのは言うまでもない。 |