うたかたの日々
−肆−
それから、僕たちの奇妙な共同生活が始まった。 僕は人間で、ここは鬼の里。 だから当然、僕は薊の家から出ることが出来ない。 あまり物音を立ててはいけないし、炊事も出来ない。 僕がこの家にいるとわかることは、何ひとつ。 幸い、薊の家は里の外れにあるらしく、そんなに気を遣う必要はなかった けれども。
僕の怪我は谷から落ちたというのに、捻挫と擦り傷くらいだった。 その怪我も、薊が毎日摘んでくる見たこともない薬草のおかげですぐに よくなった。 となると、動けないことが苦痛になる。 外に出れないだけならまだしも、疲れて(そんな素振りは見せないけれど) 帰ってくる薊に食事を作ってやることも出来ない。 「ごめんね」 僕がそう言うと薊はきょとんとして首を傾げる。 「何もしてあげられなくて」 申し訳なくて居た堪れなくてそう言う僕に、薊は微笑ってくれる。 「気にするな。きちんと面倒はみてやるから」 ……なんだか違うような気もするけど。
「薊、」 夜半過ぎから降り出した雨は朝になっても止むことはなかった。 薊が家にいるのなら、と僕は朝餉の支度をし、中々起きない薊を呼ぶ。 「薊? 朝餉の支度が出来たよ」 いつもは僕より先に起きてよく働く薊が今日は何故か中々起きようと しない。 「どこか悪いの?」 眠っている薊に近づき布団を覗く。 すると薊は数回瞬き目を覚ました。 「大丈夫だ」 起き上がった薊はいつもより元気がないように見えたけど、僕に向ける 笑顔はいつも通りで僕は深く気に留めることもしなかった。 「うまそうだな」 そう言って子供にするように頭を撫でられる。 こうされるのは子供扱いされているようで嫌いだった。 全然成長しないのが悔しくて。 でも何故か薊の手は嫌いじゃない。 大きさだって、温かさだって、鉄線と変わりないはずなのに。
「うまい」 そう言いながら薊がまた僕の頭を撫でる。 何も出来ない子供じゃないんだから、と思ったけど、ここに来てからの 僕はまるで何も出来ない子供のようだったと思い直した。 「僕、迷惑かけてない?」 怪我も治ったし、道さえわかれば早々に出て行って欲しいだろう。 薊だって倒れている僕を仕方なく拾ったのだろうし。 人間を囲ってるなんて周りに知れたら薊はどうなるんだろうか。 でも出来ればまだしばらくは―――… 「おまえが来てから楽しい」 薊が変わらず微笑んでくれるから。 薊といたい。 日々強くなる想いに僕はそれだけを考えることにした。 |